・・・ 叔母は易者の手紙をひろげたなり、神山と入れ違いに来た女中の美津と、茶を入れる仕度に忙しかった。「あら、だって電話じゃ、昨日より大変好さそうだったじゃありませんか? もっとも私は出なかったんですけれど、――誰? 今日電話をかけたのは・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・自分はこの客と入れ違いに、茶の間の容子を窺いに行った。するともう支度の出来た伯母は着肥った子供を抱きながら、縁側をあちこち歩いていた。自分は色の悪い多加志の額へ、そっと唇を押しつけて見た。額はかなり火照っていた。しおむきもぴくぴく動いていた・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ 少女は宣教師と入れ違いに保吉の隣りへ腰をかけた。そのまた「ありがとう」も顔のように小ましゃくれた抑揚に富んでいる。保吉は思わず顔をしかめた。由来子供は――殊に少女は二千年前の今月今日、ベツレヘムに生まれた赤児のように清浄無垢のものと信・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・という芭蕉の句も、この辺という名代の荒海、ここを三十噸、乃至五十噸の越後丸、観音丸などと云うのが、入れ違いまする煙の色も荒海を乗越すためか一際濃く、且つ勇ましい。 茶店の裏手は遠近の山また山の山続きで、その日の静かなる海面よりも、一層か・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・夏は東京に帰って過し、秋、私と入れ違いに再び田舎に行ったのであった。 十一月二十日すぎに、英国から従弟の一人が帰朝した。祖母とは特別深い繋りがあった人なので、寒くもなるしそれをよい知らせに迎いが立った。従弟の歓迎の意味で近親の者が集って・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 女中にたのんで出させにやると入れ違いに肇が訪ねて来た。 いつも来るときまって通す部屋に入れて千世子はいかにも喜んで居るらしい目つきでまとまりのつかない事をいろいろと話した。 散歩に出た時の話だの旅行に行き度いと思うなどと一時間・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫