・・・食べるものや、着るものや、その他入り用のものをそりの中に積み込みました。そして、夜の明けるのを待っていました。その夜は、いつにない寒い夜でしたが、夜が明けはなれると、いつのまにか、海の上には昨日のように、一面氷が張りつめて光っていたのです。・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・足柄山の熊がお入用だとあれば、直ぐここで足柄山の熊をお椀にして差し上げます……」 すると見物の一人が、大きな声でこう叫りました。「そんなら爺い、梨の実を取って来い。」 ところが、その時は冬で、地面の上には二三日前に降った雪が、ま・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・蔵元から藩の入用金を借り入れることが役目である。 ところが、ある年の暮、いよいよ押し詰まって来たのにかかわらず、蔵元町人の平野屋ではなんのかんのと言って、一向に用達してくれない。年内に江戸表へ送金せねば、家中一同年も越せぬというありさま・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・お前のいう通り若くて上品で、それから何だッけな、うむその沈着いていて気性が高くて、まだ入用ならば学問が深くて腕が確かで男前がよくて品行が正しくて、ああ疲労れた、どこに一箇所落ちというものがない若者だ。 たんとそんなことをおっしゃいまし。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・「それに御宅は御人数も多いんだから入用ことも入用サね。私のとこなんか二人きりだから幾干も入用ア仕ない。それでも三銭五銭と計量炭を毎日のように買うんだからね、全くやりきれや仕ない」「全く骨だね」とお徳は優しく言った。 以上炭の噂ま・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・「そりゃそういえば確にそうだが、忍術だって入用のものだから世に伊賀流も甲賀流もある。世間には忍術使いの美術家もなかなか多いよ。ハハハ。」「御前製作ということでさえ無ければ、少しも屈托は有りませんがナア。同じ火の芸術の人で陶工の愚斎は・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・苦しさ耐えがたけれど、銭はなくなる道なお遠し、勤という修行、忍と云う観念はこの時の入用なりと、歯を切ってすすむに、やがて草鞋のそこ抜けぬ。小石原にていよいよ堪え難きに、雨降り来り日暮るるになんなんたり。やむをえず負える靴をとりおろして穿ち歩・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・「どうせ、この建物はこうしてありますから、皆さんにお貸し申します……御入用の時は、何時でも御使い下さい」 と言いながら、先生は新規に造り足した部屋を高瀬に見せ、更に楼階の下の方までも連れて行って見せた。そこは食堂か物置部屋にでもしよ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・私も、大兄お言いつけのものと同額の金子入用にて、八方狂奔。岩壁、切りひらいて行きましょう。死ぬるのは、いつにても可能。たまには、後輩のいうことにも留意して下さい。永野喜美代。」「先日は御手紙有難う。又、電報もいただいた。原稿は、どういう・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ところが昨年の秋、私は、その倉庫の中の衣服やら毛布やら書籍やらを少し整理して、不要のものは売り払い、入用と思われるものだけを持ち帰った。家へ持ち帰って、その大風呂敷包を家内の前で、ほどく時には、私も流石に平静でなかった。いくらか赤面していた・・・ 太宰治 「服装に就いて」
出典:青空文庫