・・・ それゆえ、これから私が、この選集の全巻の解説をするに当っても、その個々の作品にまつわる私自身の追憶、或いは、井伏さんがその作品を製作していらっしゃるところに偶然私がお伺いして、その折の井伏さんの情景など記すにとどめるつもりであって、そ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 自分の感じたところでは、この映画の最もすぐれた長所であり、そうして容易にまねのできそうもないと思われる美点は、全巻を通じて流れている美しい時間的律動とその調節の上に現われたこの監督の鋭敏な肌理の細かい感覚である。換言すれば映画芸術の要・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そうしてその後二、三回の電車の道中に知らず知らず全巻を卒業してしまったのである。 不思議なことには、このドイツ語で紹介された老子はもはや薄汚い唐人服を着たにがにがとこわい顔をした貧血老人ではなくて、さっぱりとした明るい色の背広に暖かそう・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・とにかく全巻を通じて無常を説き遁世をすすめ生死の一大事を覚悟すべしと説いたものが甚だ多い。このような消極的な思想は現代の青年などにはおよそ縁の無いもののようにも思われるが、しかしよく読んでみると必ずしもそうでないようである。昭和の今日でも道・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・かくしていよいよ最後の花の座が、あたかも静寂な暮れ方の空をいろどる夕ばえのごとき明るくはなやかなさびしさをもって全巻のカデンツァをかなでることになっているのである。 以上のごとく考えて来るとこの一見任意的であるかのごとき定座の定数やその・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・私は、部分部分の描写の熱中が、全巻をひっくるめての総合的な調子の響を区切ってしまっていると感じた。信州の宿屋の一こま、産婆のいかがわしい生活の一こま、各部は相当のところまで深くつかまれているけれども、場面から場面への移りを、内部からずーと押・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・日本文学史全巻を担当される近藤忠義が、篤学、正確な視点をもたれる学者であることは、読者にとっての幸運であるし、同時に今日の文学の諸相のみを扱う私にとって一つの幸な安心である。〔一九三七年十月〕・・・ 宮本百合子 「意味深き今日の日本文学の相貌を」
・・・ 時間の上からは第一篇についで書かれた第二篇は、それらの諸問題と必然なつながりをもっていると云うばかりでなく、この評論集全巻の核心をなす重要な部分ではあるまいかと考える。日本の文芸批評は、十年ほど前に鑑賞批評、印象批評から発展して、漸々・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・国内の混乱時代に両親を失い、浮浪児となった主人公の少年サニカが、労働教育所の共同生活の訓練の間で、どのように人間としての愛を知り、技術を身につけて伸びて行くかという過程が、全巻を圧する簡明な美しさで描かれていた。そこには、ジャンの祖父、レフ・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・の訳者であるこの著者によって描かれている主篇第三、第四は全巻中最も興味ふかく且つ豊富な部分なのであるけれども、この部分が有益であり面白ければ面白い程私は一層つよく或る残念さを感じた。それは、著者が最初のプランを実現し得なくなったために、かく・・・ 宮本百合子 「新島繁著『社会運動思想史』書評」
出典:青空文庫