・・・マルクスはその生命観において、物心の区別を知らないほどに全的要求を持った人であったということができると私は思う。私はマルクスの唯物史観をかくのごとく解するものである。 ところが資本主義の経済生活は、漸次に種子をその土壌から切り放すような・・・ 有島武郎 「想片」
・・・たゞ、自分の理想に生きるということ、正義のために戦わなければならぬということ、そして、要するに、人間は、いかなる職業にあっても、その心がけが、社会のためにつくすという一事に於て、全的生涯が完うされるものだということを感じているのであります。・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・それ自から、全的の価値を有するものだ、たゞ、我等に、犠牲的精神あるのは、共感を信じ、光明を未来に信ずるためだ。 かくのごとくにして、人生は、常にロマンチシズムによって、更新される。また、芸術形式単純化は、即ち、資本主義的文化、強権主義的・・・ 小川未明 「単純化は唯一の武器だ」
・・・浅薄なイデオロギーによって、児童を在来の文化に囚えんとするもの、もしくは、政治的目的意識によって階級観念を植付けんとするもの等であって、人間の全的の感情を養い套習の覊絆から解放し、自由の何たるかを知らせんとする、真の文学の絶無といってもいゝ・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・若し、子を産む事のみが結婚の全的使命であり、価値であるならば、或場合、非常に相互の魂を啓発し、よき生活に導き合った一対の夫婦が、一人の子をも持たなかった場合、其等の人々の経た結婚生活の価値は如何う定められるべきなのだろう。 彼等の運・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・ジイドの箇人主義は、それが日本へも移植されたフェルナンデスの主張する行動のヒューマニズムの文学が要求するニイチェ的な意味での全的なる箇としての箇人主義であることは周知のことである。ジイドの「芸術的な無道徳主義は」、「ニイチェの『危険な生き方・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・という言葉を結語として「われわれの主張する全的人間性の観念の上に立った個人主義」を、日本におけるプロレタリア文学運動の新段階と直接間接関係あるものとして提出している。ジイドが今日のソヴェト社会の現実を念頭において意味したコムミニスト的個人主・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・然し、一方芸術のことは、箇人の全的統一と燃焼とを要求する。 此処に、家庭の主婦として芸術に指を染めようとする者と、先ず芸術を本領とし、愛する者の伴侶であろうとする者との、截然岐るべき点がある。 福島からとりと云う五十歳ばかりの女中が・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ 現実の起伏の詳細と変化とを世界歴史の進歩の方向において感じ、理解し、全的に描き出すことで、とりも直さず文学が次の世代にも生きる生命をもつのであると見るべきだと思う。文学作品そのものの側から云ってもし政治との連帯が生じるならば、それはま・・・ 宮本百合子 「翻訳の価値」
・・・しかし生活を全的に展開せしめようとするものは、この種の偏狭に安んじてはならない。これ偶像破壊者の危機に対する最第一の警告である。 予は自ら知れる限りにおいて生まれながらの反逆者であった。小学の児童としては楠正成を非難する心を持ち、中学の・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫