・・・天下泰平は無論結構である。共同一致は美徳である。斉一統一は美観である。小学校の運動会に小さな手足の揃うすら心地好いものである。「一方に靡きそろひて花すゝき、風吹く時そ乱れざりける」で、事ある時などに国民の足並の綺麗に揃うのは、まことに余所目・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・其夜演奏が畢って劇場を出ると、堀端からはハーモニカや流行唄が聞え、日比谷の四辻まで来ると公園の共同便所から発散する悪臭が人の鼻を衝く。家に帰ると座敷の内には藪蚊がうなっていて、墻の外には夜廻の拍子木が聞えるのである。わたくしは芸術が其の発生・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・もしこれが自分の家であったら、見知らぬ人に寝起のままの乱れた髪や汚れた顔を見せずとも済むものを、宿屋に泊る是非なさは、皺だらけになった寝衣に細いシゴキを締めたままで、こそこそと共同の顔洗い場へ行かねばならない。 洗場の流は乾く間のない水・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・それはとにかくとして現今のように各自の職業が細く深くなって知識や興味の面積が日に日に狭められて行くならば、吾人は表面上社会的共同生活を営んでいるとは申しながら、その実銘々孤立して山の中に立て籠っていると一般で、隣り合せに居を卜していながら心・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・これはすこぶる気まぐれ商売で、共同的にはけっして仕事ができない性質のものであります。幾らやかましい小言を云われても個人的にこつこつやって行くのが原則になっています。しかもその個人が気の向いた時でなければけっして働けない。また働かないというは・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ またあるいは人の説に、官立の学校を廃して共同私立の体に変じ、その私立校の総理以下教員にいたるまでも、従前、官学校に従事したる者を用い、学事会を開きて学問の針路を指示するが如きは、はなはだ佳しといえども、その総理教員なる者は、以前は在官・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・その後鶸の雌は余り大食するというので憎まれて無慈悲なる妹のためにその籠の中の共同国から追放せられた。またその後ジャガタラ雀が死んだので、亭主になりすまして居った前のキンパラは遂にキンカ鳥の雌に款を通じようとするので、後のキンパラと絶えず争い・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ テねずみが、「それで、その、わたしの考えではね、どうしてもこれは、その、共同一致、団結、和睦の、セイシンで、やらんと、いかんね。」と言いました。 クねずみは、「エヘン、エヘン。」と聞こえないようにせきばらいをしました。相手・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・その樫の木はいつ其那ところへ芽を出したのだろうとは誰も考えもせず、永年荷馬車を一寸つないだり、子供が攀じ登りの稽古台にしたり、共同に役立てて暮して来た。沢や婆さんの存在もその通りであった。村人は、彼女が女であって、やはり金や家や着物がないと・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・民衆の教養は共同と秩序とを可能にする。現在民衆の人間らしい本能を押えつけている力の組織は、やがてまたそれを倒す民衆の力の内にも現われて来るだろう。 もし近い内に真実の講和が来るとすれば、それは右の機運が内部に熟している証拠である。 ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫