・・・吉田の帰って来た翌年吉田の父はその家で死んで、しばらくして吉田の弟も兵隊に行っていたのから帰って来ていよいよ落ち着いて商売をやっていくことになり嫁をもらった。そしてそれを機会にひとまず吉田も吉田の母も弟も、それまで外で家を持っていた吉田の兄・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ これぞという間違もなく半年経ち、日清戦争となって、兵隊が下宿する。初は一人の下士。これが導火線、類を以て集り、終には酒、歌、軍歌、日本帝国万々歳! そして母と妹との堕落。「国家の干城たる軍人」が悪いのか、母と妹とが悪いのか、今更いうべ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 大正八年に兵隊にとられ、それからシベリアへやられた。そこで病気にかゝって、大正十一年四月内地へ帰り、七月除隊になった。十四年までは、病気がよくならんのでブラ/\して暮してしまった。十五年十一月、文芸戦線同人となった。それ以来、文戦の一・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・露西亜の兵隊が、隊伍を組んで歩いている。始めは、そういうのを見ても何ともない。ところが、一度、日本人が彼等に殺されたのを目撃すると非常な敵愾心が湧き上って来る。子供の時からつめこまれた愛国心とかいうものがまだどっかに残っているのかな。何故、・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・秋ト兵隊。秋ノ蚕。火事。ケムリ。オ寺。 ごたごた一ぱい書かれてある。 太宰治 「ア、秋」
・・・妙に疳にさわって、おい、お慶、日は短いのだぞ、などと大人びた、いま思っても脊筋の寒くなるような非道の言葉を投げつけて、それで足りずに一度はお慶をよびつけ、私の絵本の観兵式の何百人となくうようよしている兵隊、馬に乗っている者もあり、旗持ってい・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・ 演習に朝出る兵隊さんもこれにはいつも三舎を避けた。 たいてい洋服で、それもスコッチの毛の摩れてなくなった鳶色の古背広、上にはおったインバネスも羊羹色に黄ばんで、右の手には犬の頭のすぐ取れる安ステッキをつき、柄にない海老茶色の風呂敷包み・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・取扱っているものが人間の社会で、使っているものが兵隊や金である。いずれも科学的には訳の分らないものであるが、ただ世人の生活に直接なものであるだけに、事柄が誰にも分りやすいように思われる。 これに反してアインシュタインの取扱った対象は抽象・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・夢に色彩のないこと、羊の群れが見る間に兵隊の群れに変わったりすることなどが述べてある。それから、夢が阻止された願望の実現となるように、映画の観客は映画を見ることにより、実際には到底なれない百万長者になり、できない恋をしたり、不可能事をしとげ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・「兵隊にいっていた息子さんは、幾歳で亡くしましたね。」上さんは高い声で訊いた。「忰ですかね。」爺さんは調子を少し落して俛いた。「二十三でしたよ。」「戦地でかね。」と主が訊ねた。「何に、戦地じゃねえがね。それでも戦地で・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫