・・・こういう意味から言えば、新聞記事に現われた除幕式は純然たる概念的公式的の除幕式であって、甲のものと、乙のものとは人名などの活字面が少しちがうだけであって、どれもこれも具象的内容においては全く同じものである。それだから、記者が列席もしないのに・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・活々した階級的人間的生活の種々雑多の具象性に対し最も感受性が鋭く、個々の具象性の分析、綜合から客観的現実への総括を、あるいはその逆の作用をみずみずしく営み得るはずのプロレタリア作家ともあるものが、自分のしゃべる言葉に対する大衆的反応を刻々感・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・あらゆる日常の諸経験は、各人それぞれの感性を通し、知性、どこで生きているかという居り場処を通し具象的な事実として接触をもって来る。新しい文学の生れる素地は、全体のうちに在る現実の箇々の諸条件、そこにある豊富さ、経験とその吸収とに際して働く意・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・が計らずも告白している通り統一された具象性を持たないものであった。「言葉というものは、こんがらかそうと思えばいくらだってこんがらかすことが出来ます」「あゝ、此世は空し」「問題を解くことゝ解かないこととは大変よく似ている」このようにして評論家・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・今度は家の内から出て、まるで庭を歩いているように具象的に話しました。こういう晩は父の機嫌は元より上々です。従って私も父の想像に自分の空想を綯い合わせ、二人で家と人間とを合作して喋ったりしました。二人の話をきいていると、まるで雲の上だね、これ・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・は終りになればなるほど小説としての具象性を描写の上に失っている。明らかにそれは一つのマイナスである。けれども、この「地区の人々」という小説は同志小林が初めてボルシェヴィク作家らしい著実さ、人絹的艷のぬけた真の気宇の堂々さで主題の中に腰を据え・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・作品の具象化の点で部分的難点はあるが、同志小林によって最近執筆されたこの二篇の小説は、「蟹工船」時代の自然主義的手法の晦渋さ、その反撥として以後の諸作を貫いていたやや浮き上った平易さへの努力の跡を揚棄している。作者のレーニン的世界観の統一、・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
・・・ もとより具象的な感覚のものである芸術の味得や評価をするに当って単にそれがつくられた時代の社会的環境の説明や当時の歴史がしからしめた認識の限界性だけを云々するだけでは終らないものであることは、既に正常な情感を具えた一般人に充分分っている・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 人形がこういうものであるとすると、我々の第一に気づくことは、人形芝居がそれを使う人の働きを具象化しているものであり、従って音楽と同様に刻々の創造であるということである。しかるに人形は一人では使えない。人形使いは左手に首を持ち右手に人形・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
・・・これもまた凄さを具象化したものとは言えるであろうが、しかし人の凄さの表情を類型化したものとは言えない。総じてそれは人の顔の類型ではない。能面のこの特徴は男女を現わす通例の面においても見られる。それは男であるか女であるか、あるいは老年であるか・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫