・・・必然に成効するためにはすべての点に対する注意が円満に具足しなければならぬ。誠に簡単なような実験でもその成効を妨げるような条件は無数にあって、成効の途はただ一つしかない。少し油断をすると思いがけない掃除口から泥棒がはいるようなことになる。例え・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・と答えたるは、具足を脱いで、黄なる袍に姿を改めたる騎士なり。シャロットを馳せる時何事とは知らず、岩の凹みの秋の水を浴びたる心地して、かりの宿りを求め得たる今に至るまで、頬の蒼きが特更の如くに目に立つ。 エレーンは父の後ろに小さき身を隠し・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・夜番のために正宗の名刀と南蛮鉄の具足とを買うべく余儀なくせられたる家族は、沢庵の尻尾を噛って日夜齷齪するにもかかわらず、夜番の方では頻りに刀と具足の不足を訴えている。われらは渾身の気力を挙げて、われらが過去を破壊しつつ、斃れるまで前進するの・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・それから周りへ薪を山の様に積んで、火を掛けての、馬も具足も皆焼いてしもうた。何とあちらのものは豪興をやるではないか」と話し終ってカラカラと心地よげに笑う。「そう云う国へ行って見よと云うに主も余程意地張りだなあ」と又ウィリアムの胸の底へ探・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・彼は指をもって日本製の古き具足を指して、見たかと云わぬばかりの眼つきをする。余はまただまってうなずく。これは蒙古よりチャーレス二世に献上になったものだとビーフ・イーターが説明をしてくれる。余は三たびうなずく。 白塔を出てボーシャン塔に行・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・膳部を引く頃に、大沢侍従、永井右近進、城織部の三人が、大御所のお使として出向いて来て、上の三人に具足三領、太刀三振、白銀三百枚、次の三人金僉知らに刀三腰、白銀百五十枚、上官二十六人に白銀二百枚、中官以下に鳥目五百貫を引物として贈った。 ・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・身に着いたのは浅紺に濃茶の入ッた具足で威もよほど古びて見えるが、ところどころに残ッている血の痕が持主の軍馴れたのを証拠立てている。兜はなくて乱髪が藁で括られ、大刀疵がいくらもある臘色の業物が腰へ反り返ッている。手甲は見馴れぬ手甲だが、実は濃・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫