・・・ 二人が、この妾宅の貸ぬしのお妾――が、もういい加減な中婆さん――と兼帯に使う、次の室へ立った間に、宗吉が、ひょろひょろして、時々浅ましく下腹をぐっと泣かせながら、とにかく、きれいに掃出すと、「御苦労々々。」 と、調子づいて、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・顔を洗うのもそこそこにして、部屋にもどり、朝昼兼帯の飯を喰いながら、妻から来た手紙を読んで見た。僕の宿っているのは芸者屋の隣りだとは通知してある上に、取り残して来た原稿料の一部を僕がたびたび取り寄せるので、何か無駄づかいをしていると感づいた・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・その薬味箪笥を置いた六畳敷ばかりの部屋が座敷をも兼帯していて緑雨の客もこの座敷へ通し、外に定った書斎らしい室がなかったようだ。こんな長屋に親の厄介となっていたのだから無論気楽な身の上ではなかったろうが、外出ける時はイツデモ常綺羅の斜子の紋付・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 教員室は以前の幹事室兼帯でも手狭なので、二階の角にあった教室をあけて、そっちの方へ引越した。そこに大きな火鉢を置いた。鉄瓶の湯はいつでも沸いていた。正木大尉は舶来の刻煙草を巻きに来ることもあるが、以前のようにはあまり話し込まない。幹事・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 私と末子とがしたくをしていると、次郎は朝から仕事着兼帯のような背広服で、自分で着かえる世話もなかったものだから、そこに足を投げ出しながらいろいろなことを言った。「おい、末ちゃんはそんな袴で行くのかい。」「そうよ。」 そう答・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ 客間兼帯の書斎は六畳で、ガラスの嵌まった小さい西洋書箱が西の壁につけて置かれてあって、栗の木の机がそれと反対の側に据えられてある。床の間には春蘭の鉢が置かれて、幅物は偽物の文晃の山水だ。春の日が室の中までさし込むので、実に暖かい、気持・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫