立てきった障子にはうららかな日の光がさして、嵯峨たる老木の梅の影が、何間かの明みを、右の端から左の端まで画の如く鮮に領している。元浅野内匠頭家来、当時細川家に御預り中の大石内蔵助良雄は、その障子を後にして、端然と膝を重ねた・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・あのなかには俺の一切の所持品が――ふとするとその日その日の生活の感情までが内蔵されているかもしれない。ここから声をかければ、その幽霊があの窓をあけて首を差し伸べそうな気さえする。がしかしそれも、脱ぎ棄てた宿屋の褞袍がいつしか自分自身の身体を・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・った口調から発生したものではないかと想像されるのであるが、これについては別の機会に詳説することとして、ここではともかくそうしてできた五七また七五調が古来の日本語に何かしら特に適応するような楽律的性質を内蔵しているということをたとえ演繹するこ・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・プロレタリア文学は、勤労者の広汎な生活を文学にうつしつつ、同時に、大衆そのものが内蔵している文化と文学との新たな発展力、その開花を前途に期待した。作家と読者との関係は単に需要者・供給者の関係ではない肉親的交流において見られたのであった。・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・柄本又七郎へは米田監物が承って組頭谷内蔵之允を使者にやって、賞詞があった。親戚朋友がよろこびを言いに来ると、又七郎は笑って、「元亀天正のころは、城攻め野合せが朝夕の飯同様であった、阿部一族討取りなぞは茶の子の茶の子の朝茶の子じゃ」と言った。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫