・・・彼は、再度の打撃をうけて僅に残っていた胸間の春風が、見る見る中に吹きつくしてしまった事を意識した。あとに残っているのは、一切の誤解に対する反感と、その誤解を予想しなかった彼自身の愚に対する反感とが、うすら寒く影をひろげているばかりである。彼・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ と窓と一所に、肩をぶるぶると揺って、卓子の上へ煙管を棄てた。「源助。」 と再度更って、「小児が懐中の果物なんか、袂へ入れさせれば済む事よ。 どうも変に、気に懸る事があってな、小児どころか、お互に、大人が、とぼんとならな・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・八百屋お七は家を焼いたらば、再度思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧も出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖じ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ず、翌晩は寝る時に、本は一切片附けて枕許には何も置かずに床に入った、ところが、やがて昨晩と、殆んど同じくらいな刻限になると、今度は突然胸元が重苦しく圧されるようになったので、不図また眼を開けて見ると、再度吃驚したというのは、仰向きに寝ていた・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・殿「誠に久しく会わんのう」七「へえ」殿「再度書面を遣ったに出て来んのは何ういうわけか」七「へえ」殿「他へでも往ったか」七「へえ」殿「煩いでもしたか」七「へえ」殿「然うでもないようだな」七「へえ」殿・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・おげんが年若な伜の利発さに望みをかけ、温順しいお新の成長をも楽みにして、あの二人の子によって旦那の不品行を忘れよう忘れようとつとめるように成ったのも、あの再度の家出をあきらめた頃からであった。 そこまで思いつづけて行くと、おげんは独りで・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・小説の妙訣は、印象の正確を期するところにあるというお言葉は、間髪をいれず、立派でございましたが、私の再度の訴えもそこから出発していた筈であります。「たしかな事」だけを書きたかったと私は申し上げた筈でした。自分の掌で、明確に知覚したものだけを・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・そうして、私がこののち永く生きながらえ、再度、短篇集を出さなければならぬことがあるとしても、私はそれに、「歌留多」と名づけてやろうと思って居る。歌留多、もとより遊戯である。しかも、全銭を賭ける遊戯である。滑稽にもそれからのち、さらにさらに生・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 巴里は再度兵乱に遭ったが依然として恙なく存在している。春ともなればリラの花も薫るであろう。しかしわが東京、わが生れた孤島の都市は全く滅びて灰となった。郷愁は在るものを思慕する情をいうのである。再び見るべからざるものを見ようとする心は、・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ 暁は高い欅の梢に鳴く烏で再度の夢を破られた。この烏はかあとは鳴かぬ。きゃけえ、くうと曲折して鳴く。単純なる烏ではない。への字烏、くの字烏である。加茂の明神がかく鳴かしめて、うき我れをいとど寒がらしめ玉うの神意かも知れぬ。 かくして・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
出典:青空文庫