・・・「まさかほんとうに飛び下りはしまいな?」 からかうようにこういったのは、木村という電気会社の技師長だった。「冗談いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・「御冗談で。」「なに、これで善い運が授かるとなれば、私だって、信心をするよ。日参をしたって、参籠をしたって、そうとすれば、安いものだからね。つまり、神仏を相手に、一商売をするようなものさ。」 青侍は、年相応な上調子なもの言いをし・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・こちらから快活に持ちかけて、冗談話か何かで先方の気分をやわらがせるというようなタクトは彼には微塵もなかった。親しい間のものが気まずくなったほど気まずいものはない。彼はほとんど悒鬱といってもいいような不愉快な気持ちに沈んで行った。おまけに二人・・・ 有島武郎 「親子」
・・・「あら、それは冗談にいったんだわ」「冗談だっていけないよ」「それでポチがいなくなったんじゃないことよ」「そうだい……そうだい。それじゃなぜいなくなったんだか知ってるかい……そうれ見ろ」「あっちに行けっていったって、ポチは・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・田所さんは仏家の出で、永年育児事業をやっている眉毛の長い人で、冗談を言ってはひょいと舌を出す癖のあるおもしろい人でした。田所さんのお嬢さんは舞をならっているそうです。 新聞にはその日のうちに西と東に別れたように書いていたけれど、秋山さん・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・彼等は教師の洒落や冗談までノートに取り、しかもその洒落や冗談を記憶して置く必要があるかどうか、即ちそれが試験に出るかどうかと質問したりした。彼等の関心は試験に良い点を取ることであり、東京帝国大学の法科を良い成績で出ることであり、昭和何年組の・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 私たちはまだこんな冗談など言い合ったりしていたが、やがて時間が来て青森を発車すると同時に、私たちの気持もだんだん引緊ってきた。一昨日は落合の火葬場の帰り、戸山ヶ原で私は打倒れそうになったが、今朝は気分もはっきりしていた。三つ目のN駅は・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ これはまったくの冗談のつもりから、言ったのではないのだ。事実は、私が妻子たちを養うことができないため、妻の兄の好意で、妻子たちを田舎へ伴れて行ってくれたのだ。しかし私としては、どこまでも妻子たちとは離れたくなかったのだ。私はむりに伴れ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・はっとして吉田がその女の顔を見ると、それはその病舎の患者の付添いに雇われている付添婦の一人で、勿論そんな付添婦の顔触れにも毎日のように変化はあったが、その女はその頃露悪的な冗談を言っては食堂へ集まって来る他の付添婦たちを牛耳っていた中婆さん・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・「栗島。お前本当に偽札をこしらえたんか?」 松本がきいた。「冗談を云っちゃ困るよ。」彼は笑った。「憲兵がこしらえたらしいと云いよったぞ。」「おどかすのは、えゝかげんにしてくれ。」 彼の寝台の上には、手帳や、本や、絵葉・・・ 黒島伝治 「穴」
出典:青空文庫