・・・丁度活動写真を見詰める子供のように、自分は休みなく変って行く時勢の絵巻物をば眼の痛なるまで見詰めていたい。明治四十四年七月 永井荷風 「銀座」
・・・壁に画やら写真やらがある。大概はカーライル夫婦の肖像のようだ。後ろの部屋にカーライルの意匠に成ったという書棚がある。それに書物が沢山詰まっている。むずかしい本がある。下らぬ本がある。古びた本がある。読めそうもない本がある。そのほかにカーライ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・町の四辻に写真屋があり、その気象台のような硝子の家屋に、秋の日の青空が侘しげに映っていた。時計屋の店先には、眼鏡をかけた主人が坐って、黙って熱心に仕事をしていた。 街は人出で賑やかに雑鬧していた。そのくせ少しも物音がなく、閑雅にひっそり・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・かねて平田に写真を見せてもらッて、その顔を知ッている死去ッたお母さんも時々顔を出す。これがまた優しくしてくれて、お母さんがいたなら、お前を故郷へ連れて行くと、どんなに可愛がって下さるだろうと、平田の寝物語に聞いていた通り可愛がッてくれるかと・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
汽笛一声京城を後にして五十三亭一日に見尽すとも水村山郭の絶風光は雲煙過眼よりも脆く写真屋の看板に名所古跡を見るよりもなおはかなく一瞥の後また跡かたを留めず。誰かはこれを指して旅という。かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・そのうしろからはちょうど活動写真のように、一人の網シャツを着た人が、はだか馬に乗ってまっしぐらに走って来ました。みんな発破の音を聞いて見に来たのです。 庄助はしばらく腕を組んでみんなのとるのを見ていましたが、「さっぱりいないな。」と・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・その真正面に、もう一冊の活動写真雑誌をひろげて篤介が制服でいた。午後二時の海辺の部屋の明るさ――外国雑誌の大きいページを翻す音と、弾機のジジジジほぐれる音が折々するだけであった。 陽子の足許の畳の上へ胡坐を掻いて、小学五年生の悌が目醒し・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 僕をこの催しに誘い出したのは、写真を道楽にしている蔀君と云う人であった。いつも身綺麗にしていて、衣類や持物に、その時々の流行を趁っている。或時僕が脚本の試みをしているのを見てこんな事を言った。「どうもあなたのお書きになるものは少し勝手・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・そのころある日の事ですが、あなたはわたくしに写真を一枚お見せになりましたね。それがすばらしい好男子だったのです。あなたのおっしゃるには、「これが、わたくしの夫ですから、よく見ておおきなさい」と云うことでした。わたくしは仰せの通りよく拝見しま・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・ここに集められた能面は実物を自由に見ることのできないものであるが、写真版として我々の前に置かれて見ると、我々はともどもにその美しさや様式について語り合うことができるであろう。この機会に自分も一つの感想を述べたい。 今からもう十八年の昔に・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫