・・・盛夏三伏の頃ともなれば、影沈む緑の梢に、月の浪越すばかりなり。冬至の第一日に至りて、はたと止む、あたかも絃を断つごとし。 周囲に柵を結いたれどそれも低く、錠はあれど鎖さず。注連引結いたる。青く艶かなる円き石の大なる下より溢るるを樋の口に・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 私が最後に都会にいた頃――それは冬至に間もない頃であったが――私は毎日自分の窓の風景から消えてゆく日影に限りない愛惜を持っていた。私は墨汁のようにこみあげて来る悔恨といらだたしさの感情で、風景を埋めてゆく影を眺めていた。そして落日を見・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
一 季節は冬至に間もなかった。堯の窓からは、地盤の低い家々の庭や門辺に立っている木々の葉が、一日ごと剥がれてゆく様が見えた。 ごんごん胡麻は老婆の蓬髪のようになってしまい、霜に美しく灼けた桜の最後の葉が・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・南の鉄格子の窓に映っている弱い日かげが冬至に近いことを思わせた。彼は、正月の餅米をどうしたものか、と考えた。「どうも話の都合が悪いんじゃ。」やっと帰ってきた杜氏は気の毒そうに云った。「はあ。」「貯金の規約がこういうことになっとる・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・そこでは一年のうちの最も日の短いという冬至前後になると、朝の九時頃に漸く夜が明けて午後の三時半には既に日が暮れて了った。あのボオドレエルの詩の中にあるような赤熱の色に燃えてしかも凍り果てるという太陽は、必ずしも北極の果を想像しない迄も、巴里・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・頒ちしをいひ、羲仲を嵎夷に居らしめ、星鳥の中するを以て春分を定め、羲叔を南交にやりて星火の中するを以て夏至を定め、和仲を昧谷におきて星虚の中するを以て秋分とし、和叔を朔方にをらしめて星昴の中するを以て冬至を定めしめしとあり。この觀測につきて・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・な褌に団扇さしたる亭主かな青梅に眉あつめたる美人かな旅芝居穂麦がもとの鏡立て身に入むや亡妻の櫛を閨に蹈む門前の老婆子薪貪る野分かな栗そなふ恵心の作の弥陀仏書記典主故園に遊ぶ冬至かな沙弥律師ころり/\と衾かな・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫