・・・そして私が酒を呑まぬのを冷やかしたものでございます。 そしてまた、しきりと女房を持てとすすめました。そのついでにどうかいたしますと、『君なぞは女で苦労したこともない唐偏木だから女のありがた味を知らないのだ』とやるのです。御本人はどうかと・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 婆さんがうしろで冷かしていた。 市三は、岩の破れ目から水滴が雨だれのようにしたゝっているところを全力で通りぬけた。 あとから女達が闇の中を早足に追いついて来た。暫らく、市三の脇から鉱車を押す手ごをしたが、やがて、左側の支坑へそ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・単なる冷やかしに過ぎんではないか。君は真実の解らん人だね。つまらんと思う。吉田潔。」「冠省。首くくる縄切れもなし年の暮。私も、大兄お言いつけのものと同額の金子入用にて、八方狂奔。岩壁、切りひらいて行きましょう。死ぬるのは、いつにても可能・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ と編集員の一人が相槌を打って冷やかした。 杉田はむっとしたが、くだらん奴を相手にしてもと思って、他方を向いてしまった。実に癪にさわる、三十七の己を冷やかす気が知れぬと思った。 薄暗い陰気な室はどう考えてみても侘しさに耐えかねて・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・日曜に村の煮売屋などの二階から、大勢兵隊が赤い顔を出して、近辺の娘でも下を通りかかると、好的好的などと冷かしたり、グズグズに酔って二、三人も手を引き合うて狭い田舎道を傍若無人に歩いたりするのが、非常に不愉快な感じを起させた。兵隊はいやなもの・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・これは冷かしであった。一体正岡は無暗に手紙をよこした男で、それに対する分量は、こちらからも遣った。今は残っていないが、孰れも愚なものであったに相違ない。 夏目漱石 「正岡子規」
・・・頭の中が金の事で充満しているから日本人などを冷かしている暇がないというような訳で、我々黄色人――黄色人とは甘くつけたものだ。全く黄色い。日本にいる時はあまり白い方ではないがまず一通りの人間色という色に近いと心得ていたが、この国ではついに人-・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・昔は Monsieur de Voltaire, Monsieur de Buffon だなんと云って、ロオマンチック派の文士が冷かしたものだが、ピエエルなんぞはたしかにあのたちの貴族的文士の再来である。 オオビュルナン先生は最後に書い・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・と、犬塚が冷かした。「なに文学の方の歴史に、少しばかり気を附けているだけです。世間の事は文学の上に、影がうつるようにうつっていますから、間接に分かるのです。」木村の詞は謙遜のようにも聞え、弁解のようにも聞えた。「そうすると文学の本に・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ 富田は意地きたなげに、酒をちびちび飲みながら冷かした。「もうおしまいか。竜頭蛇尾だね。そんな話なら、誉めなけりゃあ好かった。」 四 この時戸口で、足踏をして足駄の歯に附いた雪を落すような音がする。主人の飼っ・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫