・・・へい、それが間に合いませんので……火を引いたあとなもんでなあ――何の怨みか知らないが、こうなると冷遇を通り越して奇怪である。なまじ紹介状があるだけに、喧嘩面で、宿を替えるとも言われない。前世の業と断念めて、せめて近所で、蕎麦か饂飩の御都合は・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 昨夜からの様子で冷遇は覚悟していても、さすが手持無沙汰な事夥しい、予も此年をしてこんな経験は初めてであるから、まごつかざるを得ない訳だ。漸く細君が朝飯を運んでくれたが、お鉢という物の上に、平べったいしおぜのお膳、其に一切を乗せ来って、・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・和漢の稗史野乗を何万巻となく読破した翁ではあるが、これほど我を忘れて夢中になった例は余り多くなかったので、さしもの翁も我を折って作者を見縊って冷遇した前非を悔い、早速詫び手紙を書こうと思うと、山出しの芋掘書生を扱う了簡でドコの誰とも訊いて置・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・『彼は、其の日暮らしに、追われている』と、いう蔑視から、資本家や、編輯者等が、いまだ一介の無名の文筆家に対して、彼等の立場から、冷遇しなかったと何んで言えよう。況んや、私のように、逆境に立ち、尚お且つ反抗の態度に出て来た者を同情するより憎む・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・ ことにこの一、二年はこの詩集すら、わずかに二、三十巻しかないわが蔵書中にあってもはなはだしく冷遇せられ、架上最も塵深き一隅に放擲せられていた。否、一月に一度ぐらいは引き出されて瞥見された事もあったろう、しかし要するに瞥見たるに過ぎない・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・我々は勿論先輩諸氏も決して先生を冷遇するのではないが先生の方で勝手にそう決定て怒っておられる、実に困った者で手の着けようがない。実は自分は梅子嬢を貰いたいと兼ねて思っていたのであるから、井下伯に頼んで梅子嬢だけ滞めて置いて後から交渉して貰う・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・も一歩進めていって見れば、京伝や三馬や一九や春水は、常に馬琴が端役として冷遇した人物、即ちわずかに刷毛ついでに書きなぐったような人物を叮嚀に取扱って、御客様にも本尊様にもして、そして一篇なり一部なりを成して居る傾きがあります。磯九郎ばかりで・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・こんなに冷遇ても厭な顔もしないで、毎晩のように来ておいでなんだから、怒らせないくらいにゃしておやりよ」と、小万も吉里が気に触らないほどにと言葉を添えた。「また無理をお言いだよ」と、吉里は猪口を乾して、「はい、兄さん。本統に善さんにゃ気の・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・関係も自から一般の風潮に従い、男子は君主の如く女子は臣下の如くにして、其尊卑を殊にすると同時に、君主たる男子は貴賤貧富、身分の区別こそあれ、其婦人に接するの法は恰も時の将軍大名を学んで傍若無人、これを冷遇し之を無視するのみか、甚しきは敢て婬・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 彼等はもう、実際人として尊敬するには塵ほどの価値もないような女が、只、風俗を利用し、婦人を冷遇する男子は、紳士として扱われないと云う異性の弱点につけ込んで、放縦な、贅沢な寄生虫となっている厭わしさを見抜いています。 又、腹の中では・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫