・・・判者が外の人であったら、初から、かぐや姫とつれだって月宮に昇るとか、あるいは人も家もなき深山の絶頂に突っ立って、乱れ髪を風に吹かせながら月を眺めて居たというような、凄い趣向を考えたかもしれぬが、判者が碧梧桐というのだから先ず空想を斥けて、な・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・此画を見た時に余は一種の物凄い感じを起したと同時に、神聖なる高尚なる感じを起こした。王の有様は少しも苦しそうに見えぬ。若し余も死なねばならぬならば、斯ういう工合にしたら窮屈で無くすむであろうと思うた事がある。併し幾ら斯んなにして見た所が棺の・・・ 正岡子規 「死後」
・・・竜巻はねえ、ずいぶん凄いよ。海のには僕はいったことはないんだけれど、小さいのを沼でやったことがあるよ。丁度お前達の方のご維新前ね、日詰の近くに源五沼という沼があったんだ。そのすぐ隣りの草はらで、僕等は五人でサイクルホールをやった。ぐるぐるひ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 海蛇が凄い目をして鯨をにらみつけて云いました。「黙っておいで。生意気な。このお方がたをこいつらなんてお前がどうして云えるんだ。お前には善い事をしていた人の頭の上の後光が見えないのだ。悪い事をしたものなら頭の上に黒い影法師が口をあい・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・の陰で抜毛のついた櫛を握ってヨロヨロと立ちあがる抜け上った「お岩」の凄い顔を思い出す。 只さえ秋毛は抜ける上に、夏中の病気の名残と又今度の名残で倍も倍も抜けて仕舞う。 いくら、ぞんざいにあつかって居るからってやっぱり惜しい気がする。・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・のお小夜の様な凄い腕の女にされたかもしれない。 露伴先生の様な思想をもって居られたら、あの才筆とともなってどんなに立派なものが遺されたかしれないと思う。 一葉女史にしてもそう云う感じはあざむかれない。 あの「にごりえ」や「たけく・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・「今一つの肉は好いが、営口に来て酔った晩に話した、あの事件は凄いぜ。」こう云って、女房の方をちょいと見た。 上さんは薄い脣の間から、黄ばんだ歯を出して微笑んだ。「本当に小川さんは、優しい顔はしていても悪党だわねえ。」小川と云うのは記者の・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・秋の山里とてその通り、宵ながら凄いほどに淋しい。衣服を剥がれたので痩肱に瘤を立てている柿の梢には冷笑い顔の月が掛かり、青白く冴えわたッた地面には小枝の影が破隙を作る。はるかに狼が凄味の遠吠えを打ち込むと谷間の山彦がすかさずそれを送り返し,望・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・何んでも、凄い光線らしい話でしたよ。よく私も知りませんが、――」 負け傾いて来ている大斜面を、再びぐっと刎ね起き返すある一つの見えない力、というものが、もしあるのなら誰しも欲しかった。しかし、そういう物の一つも見えない水平線の彼方に、ぽ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・丁度しわすのもの淋しい夜の事でしたが、吹すさぶその晩の山おろしの唸るような凄い音は、今に思出されます。折ふし徳蔵おじは椽先で、霜に白んだ樅の木の上に、大きな星が二つ三つ光っている寒空をながめて、いつもになく、ひどく心配そうな、いかにも沈んだ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫