・・・ 歩いて行きたいと思いながら、歩いて行かないのは意気地なしばかりだ。凍死しても何でも歩いて見ろ。……」 彼は突然口調を変え Brother と僕に声をかけた。「僕はきのう本国の政府へ従軍したいと云う電報を打ったんだよ。」「それで・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・……井戸川で凍死でもさせる気だろう。しかしその言の通りにすると、蓑を着よ、そのようなその羅紗の、毛くさい破帽子などは脱いで、菅笠を被れという。そんで、へい、苧殻か、青竹の杖でもつくか、と聞くと、それは、ついてもつかいでも、のう、もう一度、明・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ この猛犬は、――土地ではまだ、深山にかくれて活きている事を信ぜられています――雪中行軍に擬して、中の河内を柳ヶ瀬へ抜けようとした冒険に、教授が二人、某中学生が十五人、無慙にも凍死をしたのでした。――七年前―― 雪難之碑はその記念だ・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・やっと売れたが、この金使ってしまっては餓死か凍死だと、まず阪急の切符売場で宝塚行き九十銭の切符五枚買った。夕方四時半から六時半まで切符は売止めになる。その時刻をねらって、売場の前にずらりと並んだ客に、宝塚行き一枚三円々々と触れて歩くと、すぐ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 疲れて、雪の中に倒れ、そのまま凍死してしまう者があるのを松木はたびたび聞いていた。 疲労と空腹は、寒さに対する抵抗力を奪い去ってしまうものだ。 一個中隊すべての者が雪の中で凍死する、そんなことがあるものだろうか? あってもいい・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・彼らは、餓死する。凍死もする。溺死する。焚死する。震死する。轢死する。工場の機械にまきこまれて死ぬる。鉱坑のガスで窒息して死ぬる。私欲のために謀殺される。窮迫のために自殺する。今の人間の命の火は、油がつきて滅するのでなくて、みな烈風に吹き消・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・、汚穢なる住居や、有毒なる空気や、激甚なる寒暑や、扨は精神過多等の不自然なる原因から誘致した病気の為めに、其天寿の半にだも達せずして紛々として死に失せるのである、独り病気のみでない、彼等は餓死もする、凍死もする、溺死する、焚死する、震死する・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・私もまた、おくればせながら、この神棚の下で凍死した。死んだつもりでいたのだが、この首筋ふとき北方の百姓は、何やらぶつぶつ言いながら、むくむく起きあがった。大笑いになった。百姓は、恥かしい思いをした。 百姓は、たいへんに困った。一時は、あ・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・品川沖へ海苔とりに出たお爺さん漁師がモーターが凍ったところへいろいろ網にひっかかったりして不幸にも凍死したという話があります。私はゆうべも仕事をしていたがあまり寒いので寝てしまいました。寝ながら、さむいといってもここには火鉢があるということ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・魚住もある時期この錯雑した事情にまけて、受動的な頬杖をついたような気分で暮すが、日頃目をかけていた黒須千太郎をこめる集団脱走事件がおこり、折からの大雪で凍死するにきまっている千太郎を救おうという情熱によって振い立ち、情熱をもって一事を敢行し・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
出典:青空文庫