・・・ 先生が、もう少しだらしのない凡人であってくれたら、そうしたらおそらくもう少し長生きをされて、そうしてもう少し長く後進のためにもめんどうを見てくださることができ、また先生としてももう少しのどかな生涯を送られたではないかという気がすること・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・にしおりを感じたのは畢竟曇らぬ自分自身の目で凡人以上の深さに観照を進めた結果おのずから感得したものである。このほかには言い現わす方法のない、ただ発句によってのみ現わしうるものをそのままに発句にしたのである。 寂びしおりを理想とするという・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・彼は偉大な凡人である。モンテーンがフランス人にこういう物の見方考え方を教えたともいえるであろう。そこからラ・ブリュイエルやヴォーヴナルグなどのいわゆるモラリストへ行くこともできるが、途はメーン・ドゥ・ビランやベルグソンの哲学へも通ずるのであ・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・彼自ら詠じて曰く吾歌をよろこび涙こぼすらむ鬼のなく声する夜の窓灯火のもとに夜な夜な来たれ鬼我ひめ歌の限りきかせむ人臭き人に聞する歌ならず鬼の夜ふけて来ばつげもせむ凡人の耳にはいらじ天地のこころを妙に洩らすわがうた・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・と云う商売人になっただけでは足りない、人間として、凡人以上の感受性と洞察が要求される。頭がいる。強い心がいる。 種々な素人劇団が起るのは、「芝居道」以外の人間には時々我慢の出来ない玄人の臭味と浅薄さとを嫌うからである。併し、目指す方向は・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・時代と、時代によって動かされているその人の属す階級の歴史的な性質に発現の形は支配されているにしろ凡人以上の個性が日夜動いている。つよい電気の中心により弱いものが吸いつけられ、それに従属した形になるのは、家庭の生活の中では一層はっきりした事実・・・ 宮本百合子 「花のたより」
出典:青空文庫