・・・駄作だの傑作だの凡作だのというのは、後の人が各々の好みできめる事です。作家が後もどりして、その評定に参加している図は、奇妙なものです。作家は、平気で歩いて居ればいいのです。五十年、六十年、死ぬるまで歩いていなければならぬ。「傑作」を、せめて・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・しかしいずれも凡作見るに堪えざる事を知って、稿半にして筆を投じた反古に過ぎない。この反古を取出して今更漉返しの草稿をつくるはわたしの甚忍びない所である。さりとて旧友の好意を無にするは更に一層忍びがたしとする所である。 窮余の一策は辛うじ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・因襲の圏内にうろついている作は凡作である。因襲の目で芸術を見れば、あらゆる芸術が危険に見える。 芸術は上辺の思量から底に潜む衝動に這入って行く。絵画で移り行きのない色を塗ったり、音楽が chromatique の方嚮に変化を求めるように・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫