私の処女作――と言えば先ず『猫』だろうが、別に追懐する程のこともないようだ。ただ偶然ああいうものが出来たので、私はそういう時機に達して居たというまでである。 というのが、もともと私には何をしなければならぬということがな・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・人間を塩で食うような彼等も、誇張して無気味がる処女のように、後しざりした。 彼等は、倉庫から、水火夫室へ上った。「ピークは、病人の入る処じゃねえや」「ピークにゃ、船長だけが住めるんだ」 彼等は、足下から湧いて来る、泥のような・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
一本腕は橋の下に来て、まず体に一面に食っ附いた雪を振り落した。川の岸が、涜されたことのない処女の純潔に譬えてもいいように、真っ白くなっているので、橋の穹窿の下は一層暗く見えた。しかしほどなく目が闇に馴れた。数日前から夜ごと・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・仮令ば人間の一生は連続している、嬰児期幼児期少年少女期青年処女期壮年期老年期とまあ斯うでしょう、ところが実はこれは便宜上勝手に分類したので実は連続しているはっきりした堺はない、ですから、若し四十になる人が代議士に出るならば必ず生れたばかりの・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・とは作者にとって第二の処女作のように思われる。それらがほんとに思わずも溢れる川のように溢れてかかれた作品であり、ほんとに書かずにいられない題材と主題とによっているというまじりけなさの点で、これら二つの作品のかげには、人生の初秋において妻とし・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)」
・・・糸を縒っているのは、片目の老処女で、私の所で女中が宿に下がった日には、それが手伝に来てくれるのであった。 或る日役所から帰って、机の上に読みさして置いてあった Wundt の心理学を開いて、半ペエジばかり読んだが、気乗がせぬので止めた。・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・木がきまりなく、勝手に茂ッているが、その一室はここの家族が常にいる室だろう、今もそこには二人の婦人が…… けれどまず第一に人の眼に注まるのは夜目にも鮮明に若やいで見える一人で、言わずと知れた妙齢の処女。燈火は下等の蜜蝋で作られた一里一寸・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・彼女は処女を彼に与えた満足な結婚の夜の美しさを回想しているかのように、端整な青い線をその横顔の上に浮べていた。 二 彼と妻との間には最早悲しみの時機は過ぎていた。彼は今まで医者から妻の死の宣告を幾度聞かされたか分・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ 下宿の女主人は、上品な老処女である。朝食に出た時、そのおばさんにエルリングはどこのものかという事を問うた。「ラアランドのものでございます。どなたでもあの男を見ると不思議がってお聞きになりますよ。本当にあのエルリングは変った男です。・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・彼がゾラの影響の下にその処女作を書いたことは疑いがない。しかし驚くべき事は三十歳の青年が自然主義の初期にすでにゾラを追い越しモウパッサンの先を歩いていたことである。題目とねらい所は両者ほとんど同じで、構図さえも似かよっているが、ゾラの百ペー・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫