・・・ それでも或日の四時過ぎに、母の云いつけで僕が背戸の茄子畑に茄子をもいで居ると、いつのまにか民子が笊を手に持って、僕の後にきていた。「政夫さん……」 出し抜けに呼んで笑っている。「私もお母さんから云いつかって来たのよ。今日の・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・岡村は又出し抜けに、「君達の様に文芸に遊ぶの人が、時代おくれな考えを持っていてはいけないじゃないか」 鸚鵡が人のいうことを真似るように、こんな事をいうようでは、岡村も愈駄目だなと、予は腹の中で考えながら、「こりゃむずかしくなって・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・と、はじめから怪幻な様子をしていたお貞が、「どうしたことよ、出し抜けになぞ見たようで?」「なアに、おッ母さん、けさ、僕が落したがま口を拾ってもらったんです」というと、その跡は吉弥の笑い声で説明された。「それでは、いッそだまっておれば・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・私は変ですから坐ることもできません、すると武が出し抜けに、『見てもらいたいと言うたのはこれでございます』というや女は突っ伏してしまいました。私はなんと言ってよいか、文句が出ません、あっけに取られて武の顔を見ると、武も少し顔を赤らめて言い・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・両方が無言で、相手の悪さの証拠固めをしているような危険、一枚の札をちらと見ては伏せ、また一枚ちらと見ては伏せ、いつか、出し抜けに、さあ出来ましたと札をそろえて眼前にひろげられるような危険、それが夫婦を互いに遠慮深くさせていたと言って言えない・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ 出し抜けに背後から呼ばれて、飛び上らんばかりに、ぎょっとした。「ええっと、どなただったかな?」「あら、いやだ。」 声が悪い。鴉声というやつだ。「へえ?」 と見直した。まさに、お見それ申したわけであった。 彼は、・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・と云う私の観念を打ち破って、私を出し抜けに相手にする奴があった。「オイ、若けえの」と、一人の男が一体どこから飛び出したのか、危く打つかりそうになるほどの近くに突っ立って、押し殺すような小さな声で呻くように云った。「ピー、カンカンか」・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ なぜわたくしは今日あなたに出し抜けに手紙を上げようと決心いたしたのでしょう。人の心の事がなんでもお分かりになるあなたに伺ってみたら、それが分かるかも知れません。わたくしこれまで手紙が上げたく思いましたのは、幾度だか知れません。それでい・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、と訊こうとして、それではあんまり出し抜けだから、どうしようかと考えて振り返って見ましたら、そこにはもうあの鳥捕りが居ませんでした。網棚の上には白い荷物も見えなかったのです。また窓の外で足をふんばっ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 立ちあがって、グングン上前を引っぱりながら出し抜けにそう云った。「今夜え? あんまり急なのでお君はまごついた。「ああ一刻も早い方がいいんや。「いくら早い方がいいやかて、あんまり急やあらへんか。 それ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫