・・・ 問題はここまで来て、新しい障害に出会うと思う。何故ならば、上述のような希望と意志とで生きようとさえすれば直ちに、響きの物に応ずるように、愛すべくよろこぶべき対手が出現するかというに、遺憾ながらこれも決して、波荒き現実の中で指定席は持っ・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・ そういうことに出会うごとに彼女はどうしようにも仕方のない情けなさと、腹立たしさに心を掻きられた。ちょうど、小さい子供が天気の落着かない夕方などには、よく理由の分らない焦躁と不安とに迫られて急に泣き出すことがある通りに、押えどころのない・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 洋画の部でも、私は精神をつかまれたように感じて立ち止るような絵には出会うことが出来なかった。 この洋画の部では、去年「老婆」を出品して一般の注意をひいた漫画家の池部鈞氏が今年は「落花」という小さい絵を出し、二列に並べたところの上の・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・ 私がまだねんねえで世間知らずの愚者でござった頃にはこの様な晩に出会う毎に寝間着のままで床にひざまずいて、僧正様のお祈りよりもそっと長い文句をくり返しくり返し血迷うた様に繰返してわけもない涙を身の浮くほど流いてのう貴方様、長い一夜をまん・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 自分達の周囲には、不幸なものや、恐ろしい目に幾度も幾度も出喰わさなければならなかったものが、ウジャウジャ居るにもかかわらず、此の自分達は選りに選った様に、たった一度の不吉な事にも恐ろしい事にも出会う事なしに過ぎて来たのだと云うことは、・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・それにも拘らず、私が通る時出会うのは人ではない。犬だ。いつも、犬だ。白い頭の上から墨汁の瓶をぶっかけられたように、黒斑のある白犬だ。 斑犬を、私は一概に嫌いだというのではない。鷹揚で快活な斑もあるが、その犬のように、全体はっきりした白と・・・ 宮本百合子 「吠える」
・・・――私と倶に暮しているYは、女ながらおかしい心をもっていて、往来で犬に出会うと、「S、エス、エス」と大きな声で呼ぶ。犬は尾を振らぬ。「おや、Sじゃなかったか。ポチ、ポチ、――ポチふうむ、ポチでもないのか」 夜、暗く長い桜並木・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・路で出合う老幼は、皆輿を避けてひざまずく。輿の中では閭がひどくいい心持ちになっている。牧民の職にいて賢者を礼するというのが、手柄のように思われて、閭に満足を与えるのである。 台州から天台県までは六十里半ほどである。日本の六里半ほどである・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・だが捜すのも待つのも駄目ですから、出合うまではあいつの事なんか考えずにいます。わたしは晴がましい敵討をしようとは思いませんから、助太刀もいりません。敵が知れれば知れる時知れるのですから、見識人もいりません。文吉はこれからあなたの家来にしてお・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・という言葉に出会うごとに感じられたような不快な感じを、わたくしたちは感じないばかりか、そこに新しい表現が作り出されているようにさえ感じていたのである。しかしわたくしは、一度先生に注意されてからは、この言い回しを平気で使うことができなくなった・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫