・・・この肥った客の出現以来、我々三人の心もちに、妙な狂いの出来た事は、どうにも仕方のない事実だった。 客は註文のフライが来ると、正宗の罎を取り上げた。そうして猪口へつごうとした。その時誰か横合いから、「幸さん」とはっきり呼んだものがあった。・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げに来た天使のことを、厩の中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香や没薬を捧げに来た、賢い東方の博士たちのことを、メシアの出現を惧れるために、ヘロデ王の殺した童子たちのことを、ヨハネの洗礼を受けられ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・いや、芸術と云いさえすれば、常人の知らない金色の夢は忽ち空中に出現するのである。彼等も実は思いの外、幸福な瞬間を持たぬ訣ではない。 告白 完全に自己を告白することは何人にも出来ることではない。同時に又自己を告白せずには如・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・同時に、その文化の出現を信ずる者にして、躬ずからがその文化と異なった生活をしていることを発見した者は、たといどれほど自分が拠ってもって生活した生活の利点に沐浴しているとしても、新しい文化の建立に対する指導者、教育者をもってみずから任ずべきで・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・年来の氏族政治を廃して、藤氏の長者に取って代って陪臣内閣を樹立したのは、無爵の原敬が野人内閣を組織したよりもヨリ以上世間の眼をらしたもんで、この新鋭の元気で一足飛びに欧米の新文明を極東日本の蓬莱仙洲に出現しようと計画したその第一着手に、先ず・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 私達は、近代、機械によれる文学、もしくは、芸術の出現を認めない訳にはいかぬ。これを科学の産んだ芸術と呼んで差支えないのである。シネマと、ラヂオのごとき、一地域もしくは、局部の生活に抵抗せず、超国土的に、一般の大衆に訴へんとするものが、・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・しかるに、指導的立場にあるものゝ無自覚と産業機関の合理化は、新興文学の出現とその発達を拒んでいます。 しかし、このことも、幾千万児童の精神文化の問題であり、次代の新社会建設を約束するものなるが故に、解放の暁が迫っています。ひとり搾取の対・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・この種の児童文学こそ、次の新社会を建設する者のために、実に存在しなければならぬものでありながら、いまだに華々しくは出現しない。その原因は、社会が、芸術家が、教育家が、いまだ、真にこれを重要視せざるにあると考えています。・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・の作者などが出現すると、その素人の素直さにノスタルジアを感じて、狼狽してこれを賞讃しなければならぬくらい、日本の文学は不逞なる玄人の眼と手をもって、近代小説の可能性をギリギリまで追いつめたというのか。「面白い小説を書こうとしていたのはわれわ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 例えば、広島に原子爆弾が出現した時、政府とそして政府の宣伝係の新聞は、新型爆弾怖るるに足らずという、あらぬことを口走っている。そしてこれを信じていた長崎の哀れな人々は、八月二十日を待たずに死んで行ったではないか。 原子爆弾と前後し・・・ 織田作之助 「終戦前後」
出典:青空文庫