・・・が届いたから出直して一度伺おう。我輩の下宿の体裁は前回申し述べたごとくすこぶる憐れっぽい始末だが、そういう境界に澄まし返って三十代の顔子然としていられるかと君方はきっと聞くに違いない。聞かなくっても聞く事にしないとこっちが不都合だからまず聞・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・いずれまた今晩でも出直して来るんじゃ」「よござんすよ、お前さんなんざアどうせ不実だから」「何じゃ。不実じゃ」「名山さん、金盥が明いたら貸しておくれよ」と、今客を案内して来た小式部という花魁が言ッた。「小式部さん、これを上げよ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ プロレタリア・リアリズムにむかっての具体的な出直しの試みとして、ソヴェトの文学は大胆に生産の場所からの生のままの報告を、領分の中にとりいれはじめた。 ラップの機関紙『十月』をあけて見ると、生活記録とか、生活の道とかいう特別欄がある・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 夕方になって、口入の上さんは出直して、目見えの女中を連れて来た。二十五六位の髪の薄い女で、お辞儀をしながら、横目で石田の顔を見る。襦袢の袖にしている水浅葱のめりんすが、一寸位袖口から覗いている。 石田は翌日島村を口入屋へ遣って、下・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫