・・・妻は医者の間に合いの気休めをすっかり信じて、全く一時的な気管の出血であったと思っていたらしい。そうでないと信じたくなかったのであろう。それでもどこにか不安な念が潜んでいると見えて、時々「ほんとうの肺病だって、なおらないときまった事はないので・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・勝手のほうの炉のそばでM医師と話をしていたら急に病室のほうで苦しそうなうなり声が聞こえて、その時にまた多量の出血があったようであった。 臨終には間に合わず、わざわざ飛んで来てくれたK君の最後のしらせに、人力にゆられて早稲田まで行った。そ・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ いつか自分の手指の爪の発育が目立って悪くなり不整になって、たとえば左の無名指の爪が矢筈形に延びたりするので、どうもおかしいと思っていたら、そのころから胃潰瘍にかかって絶えず軽微な内出血があるのを少しも知らずにいたのであった。 有機・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・あとから考えてみるとあの時分から自分の胃はもう少しずつ出血を始めていたのである。そうとも知らずわずかの車賃を倹約するつもりで我慢して歩いて行った。重態の先生には面会は許されなかった。しかし持って行った花は夫人が病床へ運んでくれた。夫人はやが・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・よく見ると鰓の下に傷あとがあって出血しているのである。金網の破れから猫が手を入れて引っかけそこなったものと思われた。負傷した金魚はまもなく死んでしまった。ちょうどその日金魚屋が来たので死んだのの代わりに同歳のを一尾買って入れた。夜はまた猫が・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・一つはそのころひどく胃が悪くて絶えず痛んでいたという事が日記の中にも至るところに見いだされ、またいつであったか一度は潰瘍の出血らしいものがあったという話を聞いているから、この病気のためもあったに相違ない。実際その前から胃弱のためにやせこけて・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・泰子も出産の時、圧迫によって脳に出血したらしくて、その為こういう有様ですから小さい体のなかに正常に伸びる力とそれに伴わない神経の萎縮があるから絶えず不安で困るのでしょう。今日は私も、夜昼とり違えでないから気分もよく、かんしゃくも納っています・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・スターリングラードの夕暮、彼に忘れがたい感銘を与えた一人の少年の姿――夕方になると共同墓地に葬られた父を必ず訪れる少年の運命にとって、第二次大戦に連合軍が第二戦線をおくらして、ソヴェトに最も負担の多い出血を余儀なくさせたことは、どのように連・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ファシズムによる第二次大戦は、破壊の残虐と痛苦で人類の心臓を出血させた。そして、きょうになってみれば、生命を奪われ生活を破壊されたものは、どこの国においても人民の老若男女、子供であったことが、いよいよ明瞭である。 日本のなかでの帝国主義・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
小林多喜二は、一九三三年二月二十日、築地警察で拷問された結果、内出血のために死んだ。 小林多喜二の文学者としての活動が、どんなに当時の人々から高く評価され、愛されていたかということは、殺された小林多喜二の遺骸が杉並にあ・・・ 宮本百合子 「今日の生命」
出典:青空文庫