・・・四五輛の人力車を連ねて大きな玄関口へ乗付け宿の女中に出迎えられた時の光景は当世書生気質中の叙事と多く異る所がなかったであろう。根津の社前より不忍池の北端に出る陋巷は即宮永町である。電車線路のいまだ布設せられなかった頃、わたくしは此のあたりの・・・ 永井荷風 「上野」
・・・「今東京から電報が来たもんですからお出迎えに来たのです。」「そうですか、それは有難う御座いますが、ちょっと国へ帰って来ようと思いますから、帰りによりましょう。そうですか。サヨナラ。」「おい車屋、長町の新町まで行くのだ。ナニ長町の新町とい・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・するとさっきから内側で立って見ていたと見えて一人のおばあさんが出迎えました。「お茶をあげてくれ。」 デストゥパーゴはすぐ右側の室へはいって行きました。わたくしはもう多分大丈夫だけれども遁げるといけないと思って戸口に立っていました。デ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・形も、さまざまな経済事情の複雑さにつれて複雑になって来ていて、人間としてある成長の希望を心に抱いている男のひと自身、すでに、いわゆる女らしく、朝は手拭を姉様かぶりにして良人を見送り、夕方はエプロン姿で出迎えてひたすら彼の力弱い月給袋を生涯風・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・そして、良人が帰って来たらしい。出迎えた女中が、「まあ、旦那様」と、驚きの声をあげ、やがて笑い乍ら、「何でございましょう!」と云う声がする。 私は、サビエットを卓子の上になげ出して玄関に出て見た。私も、其・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・――私共は、皆心の裡で、この、朝の出迎えが、何を意味するか知り、嬉しがってはいなかった。 私共は、極端に、髪や顔の化粧や着物のことを喧しく云われた。人間の心得として、虚飾や、いかものの化粧が、実に無価値であることを、教えられるより、細々・・・ 宮本百合子 「追想」
・・・二階家は上野から来て坂の上にある国民学校の建物が目じるしであった。出迎えに会えなかったその朝、自分のうちへ、ひろ子のいるところへ帰るという重吉の感情の中心に、くっきり浮んだのが小さい昔の家の入口の情景であったということを、ひろ子は感動なしに・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・道翹という僧が出迎えて、閭を客間に案内した。さて茶菓の饗応が済むと、閭が問うた。「当寺に豊干という僧がおられましたか」 道翹が答えた。「豊干とおっしゃいますか。それはさきころまで、本堂の背後の僧院におられましたが、行脚に出られたきり、帰・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ドレスデンではルイザの父オーストリア皇帝、プロシャ皇帝、同盟国の最高君主が一団となって、百十万余人の軍隊と共に彼ら二人の到着を出迎えた。 この古今未曾有の荘厳な大歓迎は、それは丁度、コルシカの平民ナポレオン・ボナパルトの腹の田虫を見た一・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・勘次は黙って出迎えた。「これ勘公、逃げさらすなよ。」「遠いところを済まんのう、何んべんも。」 秋三は急に静な微笑を浮べた勘次のその出方が腑に落ちかねた。「安次、手前ここに構えとれよ。今度俺とこへ来さらしたら、殴打しまくるぞ。・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫