・・・如何に当時出頭の若年寄でも、いらぬ世話はお置きなされい。」と云う口上である。そこでさすがの佐渡守も、あまりの事に呆れ返って、御用繁多を幸に、早速その場を外してしまった。――「よいか。」ここまで話して来て、佐渡守は、今更のように、苦い顔を・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 猶、御質問の筋があれば、私はいつでも御署まで出頭致します。ではこれで、筆を擱く事に致しましょう。 第二の手紙 ――警察署長閣下、 閣下の怠慢は、私たち夫妻の上に、最後の不幸を齎しました。私の妻は、昨日突然失・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・警察から呼出し状が出て出頭したということだった。三日帰ってこなかった。何のための留置かわからなかったが、やつれはてて帰ってきたお君の話で、安二郎の脱税に関してだとわかった。それならば安二郎が出頭しなければならぬのにと豹一は不審に思った。だん・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ことに点呼当日長髪のまま点呼場へ出頭した者は、バリカンで頭の半分だけ刈り取られて、おまけに異様な姿になった頭のままグランドを二十周走らされ、それが終ると竹刀で血が出るくらいたたかれるらしいという噂は、私を呆然とさせた。東京にいる友人からの手・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした魂胆に就いては、しばらくおくとしても、あの仰々しい施薬広告はいった・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・文部省へ出頭する口実を設けてしばしば上京するたび、宿屋へ呼び寄せて会うていた校長は、さすがに彼女のいわゆる「叔母の家」の怪しさを嗅ぎつけた。校長はまず彼女に触れたあと、急いで手や口を洗うてから、男女の仲は肉体が第一ではない、精神的にも愛し合・・・ 織田作之助 「世相」
・・・『右者事務室に出頭すべし、津島修治。』文学部事務所にその掲示は久しくかけられてあった。僕は太宰治を友人であるごとくに語り、そして、さびしいおもいをした。太宰治は芸術賞をもらわなかった。僕は藤田大吉という人の作品を決して読むまいと心にちかった・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・しかしまた、この一番大切な証人は最後の瞬間までかくれて出頭しないようにしておかないと工合が悪い。そうしないと早く片がつき過ぎて困るのである。そのためにこの証人には何かしら少し後ろ暗い所業を、しかもこの事件に聯関してさせておかないと都合がよく・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
一 昭和九年八月三日の朝、駒込三の三四九、甘納豆製造業渡辺忠吾氏が巣鴨警察署衛生係へ出頭し「十日ほど前から晴天の日は約二千、曇天でも約五百匹くらいの蜜蜂が甘納豆製造工場に来襲して困る」と訴え出たという記・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・此智此徳の間に頭出頭没する者は此智此徳を知ることはできぬ。何人であっても赤裸々たる自己の本体に立ち返り、一たび懸崖に手を撒して絶後に蘇った者でなければこれを知ることはできぬ、即ち深く愚禿の愚禿たる所以を味い得たもののみこれを知ることができる・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
出典:青空文庫