・・・その美しい暗緑の瞳は、涙よりももっと輝く分泌物の中に浮き漂った。軽く開いた唇は熱い息気のためにかさかさに乾いた。油汗の沁み出た両手は氷のように冷えて、青年を押もどそうにも、迎え抱こうにも、力を失って垂れ下った。肉体はややともすると後ろに引き・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・二十頭が分泌した乳量は半減した上に更に減ぜんとしている。一度減じた量は決して元に恢復せぬのが常である。乳量が恢復せないで、妊孕の期を失えば、乳牛も乳牛の価格を保てないのである。損害の程度がやや考量されて来ると、天災に反抗し奮闘したのも極めて・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ これとは話が変わるが、若い人にはとにかくとしても、もはや人生の下り坂を歩いているような老人にとっては、映画の観覧による情緒の活動が適当な刺激となり、それが生理的に反応して内分泌ホルモンの分泌のバランスに若干の影響を及ぼし、場合によって・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・ われわれが格別の具体的事由なしに憂鬱になったり快活になったりする心情の変化はある特殊の内分泌ホルモンの分泌量に支配されるものではないかと思われる。それが過剰になると憂鬱になったり感傷的になったり怒りっぽくなったりするし、また、過少にな・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・ 胃の腑の適当な充血と消化液の分泌、それから眼底網膜に映ずる適当な光像の刺激の系列、そんなものの複合作用から生じた一種特別な刺激が大脳に伝わって、そこでこうした特殊の幻覚を起こすのではないかと想像される。「胃の腑」と「詩」との間にはまだ・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・くてもさもおかしそうに笑っている人を見れば自分も笑いたくなると同様に、上手な俳優が身も世もあられぬといったような悲しみの涙をしぼって見せれば、元来泣くように準備のととのっている観客の涙腺は猶予なく過剰分泌を開始するのであって、言わば相撲を見・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・近ごろ流行の言葉を使えば、体内各種のホルモンの分泌のバランスいかんが俳人と歌人とを決定するのではないかという気もする。これはしかるべき生理学者の研究題目になりうるのではないかと思われる。 それはいずれにしても、上述のごとき俳句における作・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 立ち際にその尾部から一、二滴の透明な液体を分泌するのがよく見えた。おそらく噛みながら吸い取った毛虫の汁で腹が膨れた結果かもしれない。 残りの半分を今に取りに来るのではあるまいかと思ったので、ものの十分ほども待っていたその間に全く別・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・嘔吐物の臭気と、癌腫らしい分泌物との臭気は相変らず鼻を衝いた。体がいやにだるくて堪えられなかった。私は今までの異常な出来事に心を使いすぎたのだろう。何だか口をきくのも、此上何やかを見聞きするのも憶却になって来た。どこにでも横になってグッスリ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・又犬の胃液の分泌や何かの工合を見るには犬の胸を切って胃の後部を露出して幽門の所を腸と離してゴム管に結ぶそして食物をやる、どうです犬は食べると思いますか食べないと思いますか。あっ、どうかしましたか。」 実際どうかしたのでした。あんまり話が・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫