・・・それをあけて見ながら、何かしら単語のようなものを切れ切れに読んで聞かせた。それは「コンニチワ」「オハヨオ」などというような種類のものであったが、あまり発音が変っているから、はじめは日本語だとは気が付かないくらいであった。何だか聞きとれない言・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・空に画してそびえていた。空に切れ切れな綿雲の影が扇のように遠く広がったすそ野に青い影を動かしていた。過去のいろいろの年代にあふれ出した熔岩の流れの跡がそれぞれ違った色彩によって見分ける事ができるのであった。しかし火山は昔の大虐殺などは夢にも・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ われわれ素人の楽器を弄するのは、云わば、楽譜の中から切れ切れの音を拾い出しては楽器にこすりつけ、たたきつけているようなもので、これは問題にならない。しかし相当な音楽家と云われる人の演奏でも、どうもただ楽器から美しい旋律や和絃を引出して・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・このような切れ切れの絵と絵をつなぐ詞書きがなかったら、これがただ一人の自分の事だとは自分自身にさえ分らないかもしれない。 巻物の中にはところどころに真黒な墨で塗りつぶしたところがある。しかしそこにあるべきはずの絵は、実際絵に描いてあるよ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ こう言って、切れ切れな言葉で彼は屍を食うのを見た一場を物語った。そして忌まわしい世に別れを告げてしまった。 その同じ時刻に、安岡が最期の息を吐き出す時に、旅行先で深谷が行方不明になった。 数日後、深谷の屍骸が渚に打ち上げられて・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・冷たい風が、草を渡りはじめ、もう雲や霧が切れ切れになって目の前をぐんぐん通り過ぎて行きました。 (ああ、こいつは悪くなって来た。みんな悪いことはこれから集と嘉助は思いました。全くそのとおり、にわかに馬の通った跡は草の中でなくなってしまい・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 一郎がまだはあはあ云いながら、切れ切れに叫びました。「汝ぁ誰だ。何だ汝ぁ。」 するとその子は落ちついて、まるで大人のようにしっかり答えました。「風野又三郎。」「どこの人だ、ロシヤ人か。」 するとその子は空を向いて、・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・まるでまるでいい音なんだ。切れ切れになって飛んでは来るけれど、まるですずらんやヘリオトロープのいいかおりさえするんだろう、その音がだよ。二人は如露の手をやめて、しばらくだまって顔を見合せたねえ、それからペムペルが云った。『ね、行って見よ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・けれどもそれもまた風がみんな一語ずつ切れ切れに持って行ってしまいました。もうほんとうにだめなやつだ、はなしにもなんにもなったもんじゃない、と私がぷいっと歩き出そうとしたときでした。向うの海が孔雀石いろと暗い藍いろと縞になっているその堺のあた・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・が、あせる唇の上で言葉になるはずの音が切れ切れに吃るばかりで、ようよう順序立てて云おうとしたことは忽ち、めちゃめちゃに乱れてしまう。 彼はますます深くうなだれるほかなかった。「例え嘘にしろ何にしろ、あの御隠居が、そうと思いこんだとい・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫