・・・故人となってしまった人というならまだしも、七十五歳の高齢とはいえ今なお安らかな余生を送っている人を、その人と一面識もない私が六年前の古い新聞の観戦記事の切り抜きをたよりに何の断りなしに勝手な想像を加えて書いたというだけでも失礼であろう。しか・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・私は例の切抜きと手帳と万年筆くらい持ちだして、無断で下宿を出た。「とにかくまあ何も考えずに、田舎で静養してきたまえ、実際君の弱り方はひどいらしい。しかしそれもたんに健康なんかの問題でなくて、別なところ来てるのかもしれないが、しかしとにか・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・婦人雑誌あたりの切り抜きらしく、四季の渡り鳥という題が印刷されていた。「ねえ。この写真がいいでしょう? これは、渡り鳥が海のうえで深い霧などに襲われたとき方向を見失い光りを慕ってただまっしぐらに飛んだ罰で燈台へぶつかりばたばたと死んだと・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・そのとき、出て来たものは、この同封の切り抜きです。何か、お役に立ち得るような気がいたします。私は、白髪の貴方を見てから死にたい。ことしの秋、私はあなたの小説をよみました。へんな話ですけれども、私は、友人のところであの小説を読んで、それから酒・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ずなの無残に断たれるという場面が一種の伏線となっているので、それでこそ後にポーラの楽屋のかもし出す雰囲気の魅力が生きて働いてくるように思われるが、この芝居には、そういったようなデリケートな細工などは一切抜きにして全く荒削りの嘆きの天使ができ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・という記事を書いて、掲載されたことがある。切り抜きをなくしたので、どんな事を書いたか覚えていないが、しかし相撲四十八手の裏表が力学の応用問題として解説の対象となりうることには違いはないので、その後にだれか相撲好きの物理学者が現われ、本格的な・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・ある時はたんねんに集めていた切り抜き版画などの展覧会をやったり、とにかく相当に自分の趣味を満足させるだけの環境はあったらしい。静かな田舎で地味な教師をして、トルストイやドストエフスキーやロマン・ローランを読んだりセザンヌや親鸞の研究をしたり・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
「古き小画」の新聞切抜きが見つかって、この集に入れられたのは思いがけないことだった。この、ペルシャの伝説から取材した小説は一九二三年の夏じゅうかかって執筆され、書き上ってから北海道の新聞にのせられた。スカンジナヴィア文学の専・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ 或る主義に依りて、それで纏まらない処は切り抜きてその人生を自分の中に築き上るのではないだろうか。 そう云う傾向に向っても、反動が起る。それは自分の理想や、批判等と云うものの価値は如何に小さく力弱いものであるかと云う自省を第一に置い・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・それにいろいろな雑誌の切抜きなどの整理新聞のせいり等、はっきりその必要とやりかたが分った折から、M子さんが小遣いも入用なので、一週定期的にセクレタリーをやってくれることになり、あなたからの本の御注文も古今未曾有のカード式整理方法によって整理・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫