・・・とも子は庭に、戸部と花田別室にはいり去る。青島 こんなアポロの面にいくら絵の具をなすりつけたって、ドモ又の顔にはなりゃしないや。も少し獅子鼻ででこぼこのある……まあこれだな、ベトーヴェンで間に合わせるんだな。青島、・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ そと貴船伯に打ち向かいて、沈みたる音調もて、「御前、姫様はようようお泣き止みあそばして、別室におとなしゅういらっしゃいます」 伯はものいわで頷けり。 看護婦はわが医学士の前に進みて、「それでは、あなた」「よろしい」・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ わざとらしいようでもあるから、別室へと思わぬでもなけれど、さてそうして、お前は爺さんたちと、ここに一所に。……決して私に構うなと言った処で、人情としてそうは行くまい、顔の前に埃が立つ。構わないにしても気が散ろう。 泣きも笑いもする・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ところが、約束の場所へそれこそ大急ぎでかけつけてみると、その人はまだ来ていなかった。別室とでもいうところでひっそり待っていると、仲人さんが顔を出し、実は親御さん達はとっくに見えているのだが、本人さんは都合で少し遅れることになった、というのは・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・明け放した受附の室とは別室になった奥から、横井は大きな体躯をのそり/\運んで来て「やあ君か、まああがれ」斯う云って、彼を二階の広い風通しの好い室へ案内した。広間の周囲には材料室とか監督官室とかいう札をかけた幾つかの小間があった。梯子段をのぼ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 梅ちゃん、先生の下宿はこの娘のいる家の、別室の中二階である。下は物置で、土間からすぐ梯子段が付いている、八畳一間ぎり、食事は運んで上げましょというのを、それには及ばないと、母屋に食べに行く、大概はみんなと一同に膳を並べて食うので、何を・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・傷口が痛そうな振りもせず、とっておきの壁の青い別室に坐りこんでいた。その眼は、頭蓋骨の真中へ向けられ、何か一つの事にすべての注意を奪われている恰好だった。 やったのは、ロシア人の客間だ。そういう話だった。そこで、アメリカ兵は、将校より、・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・おげんは根岸の病院の別室で、唯一人死んで行った。 まだ親戚は誰も集まって来なかった。三年の間おげんを世話した年とった看護婦は夜の九時過ぎに、亡くなってまだ間もないおげんを見に行って、そこに眠っているような死顔を拭いてやった。両手も胸の上・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・王子は、四年前の恐怖を語り、また此度の冒険を誇り、王さまはその一語一語に感動し、深く首肯いてその度毎に祝盃を傾けるので、ついには、ひどく酔いを発し、王妃に背負われて別室に退きました。王子と二人きりになってから、ラプンツェルは小さい声で言いま・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・どういうわけかはわからないが、この自分はもう数分の後には、別室に入って、自分からは希望しない自殺を決行しなければならないことになっている。その座敷というのがこっちからよく見える。大きな川に臨んだ見晴らしのいいきれいな部屋で、川向こうに見える・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
出典:青空文庫