・・・「一昨年来た時には、君も新婚当時で、夢現という時代であったが、子供二人持っての夫婦は又別種の趣があろう」「オイ未だか」 岡村が吐鳴る。答える声もないが、台所の土間に下駄の音がする。火鉢の側な障子があく。おしろい真白な婦人が、二皿・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・然し実際の人生から得る経験は、好んで為す場合よりも遙かに多く別種の力によって、われ/\の所期以外の経験を味わしめる場合がある。と同時に限られたわれ/\の力では、何もかも味いつくすというわけにいかないのである。そればかりか、若い人々にとっては・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・けれど、そこに営まれつゝある生活は、別種のものではなかった。もっと都会の労働者に於けるよりも経済的に苦しまなければならぬものであった。彼等のあるものは、まだ奴隷的階級にあるといっていゝものも少くなかった。そうしたことに考え至らずして、これま・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・東京にもまた別種のよさがあることを云いました。そんなことをいう者さえ不愉快だ。友の調子にはこう云ったところさえ感ぜられます。そして二人は押し黙ってしまいました。それは変につらい沈黙でした。友はまた京都にいた時代、電車の窓と窓がすれちがうとき・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・そこで催眠剤の大箱を一個買い、それからほかの薬屋に行って別種の催眠剤を一箱買った。かず枝を店の外に待たせて置いて、嘉七は笑いながらその薬品を買い求めたので、別段、薬屋にあやしまれることはなかった。さいごに三越にはいり、薬品部に行き、店の雑沓・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・東京で十年間、さまざまの人と争い、荒くれた汚い生活をして来た私に較べると、全然別種の人のように上品だった。顔の線も細く、綺麗だった。多くの肉親の中で私ひとりが、さもしい貧乏人根性の、下等な醜い男になってしまったのだと、はっきり思い知らされて・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・内地の、土と、その地下構造に於いて全然別種のものだと思った。必ずや大陸の続きであろうと断定した。あとで北海道生れの友人に、その事を言ったら、その友人は私の直観に敬服し、そのとおりだ、北海道は津軽海峡に依って、内地と地質的に分離されているので・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・内にいると、そのおかみさんとめしたき女にいじめられるし、たまたま休みの日など外へ遊びに出ても、外にはまた、別種の手剛い意地悪の夜叉がいるのでございました。あれは、私が東京へ出て一年くらい経った、なんでもじめじめ雨の降り続いている梅雨の頃の事・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・全然、別種のお生れつきなのです。わが貧しい凡俗の胸を尺度にして、あのお方の事をあれこれ、推し測ってみたりするのは、とんでもない間違いのもとでございます。人間はみな同じものだなんて、なんという浅はかなひとりよがりの考え方か、本当に腹が立ちます・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・全然、別種のものである。私は自身で行きづまるところまで実際に行ってみて、さんざ迷って、うんうん唸って、そうしてとぼとぼ引き返した。そうして、さらに重大のことは、私の謂わば行きづまりは、生活の上の行きづまりに過ぎなかったという一事である。断じ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫