・・・「その豆腐屋連が馬車へ乗ったり、別荘を建てたりして、自分だけの世の中のような顔をしているから駄目だよ」「だから、そんなのは、本当の豆腐屋にしてしまうのさ」「こっちがする気でも向がならないやね」「ならないのをさせるから、世の中・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「そりゃ病院の特等室か、どこかの海岸の別荘の方がいいに決ってるわ」「だからさ。それがここを抜け出せないから……」「オイ! 此女は全裸だぜ。え、オイ、そして肺病がもう迚も悪いんだぜ。僅か二分やそこらの金でそういつまで楽しむって訳に・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・花柳の間に奔々して青楼の酒に酔い、別荘妾宅の会宴に出入の芸妓を召すが如きは通常の人事にして、甚だしきは大切なる用談も、酒を飲み妓に戯るるの傍らにあらざれば、談者相互の歓心を結ぶに由なしという。醜極まりて奇と称すべし。 数百年来の習俗なれ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・奥の正面に引っ込んだ住いがある。別荘造りのような構えで、真ん中に広い階段があって、右の隅に寄せて勝手口の梯が設けてある。家番に問えば、目指す家は奥の住いだと云った。 オオビュルナンは階段を登ってベルを鳴らした。戸の内で囁く声と足音とがし・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・かかる客舎は公共の別荘めきていとうるさし。幾里の登り阪を草鞋のあら緒にくわれて見知らぬ順礼の介抱に他生の縁を感じ馬子に叱られ駕籠舁に嘲られながらぶらりぶらりと急がぬ旅路に白雲を踏み草花を摘む。実にやもののあわれはこれよりぞ知るべき。はた十銭・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
一 陽子が見つけて貰った貸間は、ふき子の家から大通りへ出て、三町ばかり離れていた。どこの海浜にでも、そこが少し有名な場所なら必ずつきものの、船頭の古手が別荘番の傍部屋貸をする、その一つであった。 ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・光尚は鉄砲十挺を預けて、「創が根治するように湯治がしたくばいたせ、また府外に別荘地をつかわすから、場所を望め」と言った。又七郎は益城小池村に屋敷地をもらった。その背後が藪山である。「藪山もつかわそうか」と、光尚が言わせた。又七郎はそれを辞退・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・この別荘造りの下宿にかね。」「ええ。」「お前さんの外にも、冬になってあの家にいる人があるかね。」「わたくしの外には誰もいません。」 己はぞっとしてエルリングの顔を見た。「溜まるまいじゃないか。冬寒くなってから、こんな所にたっ・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・でお取崩しになって、今じゃ塀や築地の破れを蔦桂が漸く着物を着せてる位ですけれど、お城に続いてる古い森が大層広いのを幸いその後鹿や兎を沢山にお放しになって遊猟場に変えておしまいなさり、また最寄の小高見へ別荘をお建てになって、毎年秋の木の葉を鹿・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・ デュウゼは薔薇の花を造りながら、田舎の別荘で肺病を養っている。僕はどうかして一度逢ってみたいと思う。でなくとも舞台の上の絶妙な演技を味わってみたいと思う。 シモンズの書いた所によると、デュウゼは自分の好きな人と話をする時には、・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫