・・・ ――前略、当寺檀那、孫八どのより申上げ候。入院中流産なされ候御婦人は、いまは大方に快癒、鬱散のそとあるきも出来候との事、御安心下され度候趣、さて、ここに一昨夕、大夕立これあり、孫八老、其の砌某所墓地近くを通りかかり候折から、天地晦・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「前略お互いに知れきった思いを今さら話し合う必要もないはずですが、何だかわたしはただおとよさんの手紙を早く見たくてならない、わたしの方からも一刻も早く申し上げたいと存じて筆を持っても、何から書いてよいか順序が立たないのです。 昨夜は・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と差出したのは封紙のない手紙である、大友は不審に思い、開き見ると、前略我等両人当所に於て君を待つこと久しとは申兼候え共、本日御投宿と聞いて愉快に堪えず、女中に命じて膳部を弊室に御運搬の上、大いに語り度く願い候神崎朝田・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 六月二十日木戸一郎 井原退蔵様 前略。 返事は要らぬそうだが御返事をいたします。 君の赤はだかの神経に接して、二三日、自分に不潔を感じて厭な気がしていたという事も申して置きます。自分は、君の名を前から知・・・ 太宰治 「風の便り」
あなたは文藝春秋九月号に私への悪口を書いて居られる。「前略。――なるほど、道化の華の方が作者の生活や文学観を一杯に盛っているが、私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった。」 おたがいに・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・では、取急ぎ要用のみ。前略、後略のまま。大森書房内、高折茂。太宰学兄。」「僕はこの頃緑雨の本をよんでいます。この間うちは文部省出版の明治天皇御集をよんでいました。僕は日本民族の中で一ばん血統の純粋な作品を一度よみたく存じとりあえず歴代の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 六唱 ワンと言えなら、ワンと言います「前略。手紙で失礼ですがお願いいたします。本社発行の『秘中の秘』十月号に現代学生気質ともいうべき学生々活の内容を面白い読物にして、世の遊学させている父兄達に、なるほどと思わせるよ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ 前略。その後は如何。老生ちかごろ白氏の所謂、間事を営み自ら笑うの心境に有之候。先日おいでの折、男子の面目は在武術と説き、諸卿の素直なる御賛同を得たるも、教訓する者みずから率先して実行せざれば、あたら卓説も瓦礫に等しく意味無きものと相成・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・涼し。前略。交際馴れた近藤氏はロシア語も自由であるらしく、種々とメヌーをくり返して注文された。羊肉の串焼を高く捧げて、一人の助手がそれを恭々しくぬいては客に供する、実にこと/″\しい。そのうちに、この家独特のロシアの貴族? の一団によるバイ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・「てんぼうだい」に一読者よりとしての投書でのせられていた。「前略、万葉古義を拵えることも勿論立派な仕事と思いますが、而し民衆はそういうものよりも、もっと生活に喰いこんだものを求めているのではないでしょうか。略」 ぼんやりした表現で書かれ・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫