・・・そして筍の皮を剥ぐように幾枚もの紙を剥がすと真黒になった三文判がころがり出た。彼れはそれに息気を吹きかけて証書に孔のあくほど押しつけた。そして渡された一枚を判と一緒に丼の底にしまってしまった。これだけの事で飯の種にありつけるのはありがたい事・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と、何かさも不平に堪えず、向腹を立てたように言いながら、大出刃の尖で、繊維を掬って、一角のごとく、薄くねっとりと肉を剥がすのが、――遠洋漁業会社と記した、まだ油の新しい、黄色い長提灯の影にひくひくと動く。 その紫がかった黒いのを、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・――人も立ち会い、抱き起こし申す縮緬が、氷でバリバリと音がしまして、古襖から錦絵を剥がすようで、この方が、お身体を裂く思いがしました。胸に溜まった血は暖かく流れましたのに。―― 撃ちましたのは石松で。――親仁が、生計の苦しさから、今夜こ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・と女の人は恥かしそうに笑ってその紙を剥がす。「章ちゃんがこんな悪戯をするんですわ。嘘ですのよ、みんな」と打消すようにいう。「何の事なんです、これは」「ほほほ」「フジサンというのは」「あたしでございます」「ああ、お藤さ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ * * 余が廿貫目の婆さんに降参して自転車責に遇ってより以来、大落五度小落はその数を知らず、或時は石垣にぶつかって向脛を擦りむき、或る時は立木に突き当って生爪を剥がす、その苦戦云うばかりなし、しかして・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
出典:青空文庫