・・・ 頭が割れるように痛むので寝たのだと聞いて磯は別に怒りもせず驚きもせず自分で燈を点け、薬罐が微温湯だから火鉢に炭を足し、水も汲みに行った。湯の沸騰るを待つ間は煙草をパクパク吹していたが「どう痛むんだ」 返事がないので、磯は丸く凸・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ しかしそれはわれわれが行為決定の際の倫理的懐疑――それは頭のしんの割れるような、そのためにクロポトキンの兄が自殺したほどの名状すべからざる苦悩であるが――から倫理学によって救済されんことを求めるからであって、そのほかの観点からすれば、・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・不意に松本がびっくりして、割れるように叫んだ。「何だ、何だ!」「こいつはまた偽札だ。――本当に偽札だ!」 その声は街へ遊びに行くのがおじゃんになったのを悲しむように絶望的だった。「どれ?……どれ」 それはたしかに、偽札だ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・溝にでも落ると石崖の角で腹が破れるだろう。そういうことになると、家の方で困るんだが……。 問題が解決するまで、これからなお一年かゝるか二年かゝるか分らないが、それまでともかく豚で生計を立てねばならなかった。豚と云っても馬鹿にはならない。・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・すると、鈍感なセメント樽のような動物は割れるような呻きを発して、そこらにある水桶を倒して馳せ出た。腹の大きい牝豚は仲間の呻きに鼻を動かしながら起き上って、出口までやって来た。柵を開けてやると、彼女は大きな腹を地上に引きずりながら低く呻いての・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・部屋部屋の柱が凍み割れる音を聞きながら高瀬が読書でもする晩には、寒さが彼の骨までも滲み徹った。お島はその側で、肌にあてて、子供を暖めた。 この長い長い寒い季節を縮こまって、あだかも土の中同様に住み暮すということは、一冬でも容易でなかった・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・とたんに、群集のバンザイが、部屋の障子が破れるばかりに強く響いた。 皇太子殿下、昭和八年十二月二十三日御誕生。その、国を挙げてのよろこびの日に、私ひとりは、先刻から兄に叱られ、私は二重に悲しく、やりきれなくていたのである。兄は、落ちつき・・・ 太宰治 「一燈」
・・・約束を平気で破れるほど、そんなに強い男爵ではなかった。 九時に新橋駅で、小さいとみを捜し出して、男爵は、まるで、口もきかずに、ずんずん歩いた。とみは、ほとんど駈けるようにしてそのあとを追いながら、右から左から、かれの顔を覗き込んでは、際・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ ガラスなどの円盤の中央をたたくと、それがある整数だけのほぼ同大の扇形に割れる。これについては前に鈴木清太郎君の研究がある。これもある点では金米糖の問題と似た点もあり、またある点では「弾性的不安定」の問題とも関係しているように見える。・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・ただし、左の下あごの犬歯の根だけ残っていたのが容易に抜けないので、がんじょうな器械を押し当ててぐいぐいねじられたときは顎骨がぎしぎし鳴って今にも割れるかと思うようで気持ちが悪かった。手術がすんだら看護婦が葡萄酒を一杯もって来て飲まされ、二三・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫