・・・ 割合熱心に習ったので、四、五日すると柳吉は西瓜を切る要領など覚えた。種吉はちょうど氏神の祭で例年通りお渡りの人足に雇われたのを機会に、手を引いた。帰りしな、林檎はよくよくふきんで拭いて艶を出すこと、水密桃には手を触れぬこと、果物は埃を・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・こんなことも、気質の明るい彼には心の鬱したこの頃でも割合平気なのであった。家を捜すのにほっとすると、実験装置の器具を注文に本郷へ出、大槻の下宿へ寄った。中学校も高等学校も大学も一緒だったが、その友人は文科にいた。携わっている方面も異い、気質・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・机の前ではどうしても書けなかったのが割合すらすら書けた。 古本屋と思って入った本屋は新しい本ばかりの店であった。店に誰もいなかったのが自分の足音で一人奥から出て来た。仕方なしに一番安い文芸雑誌を買う。なにか買って帰らないと今夜が堪らない・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・欧州の政治史も読めば、スペンサーも読む、哲学書も読む、伝記も読む、一時間三十ページの割合で、日に十時間、三百ページ読んでまだ読書の速力がおそいと思ったことすらありました。そしてただいろんな事を止め度もなく考えて、思いにふけったものです。・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・母屋も広い割合には人気がないかと思われるばかり、シンとしているのです。家にむかいあった崕の下に四角の井戸の浅いのがありまして、いつも清水を湛えていました。総体の様子がどうも薄気味の悪いところで、私はこの坂に来て、武の家の前を通るたびにすぐ水・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・なくして手当たり次第に読書することは、その割合いに効果乏しく、また批判の基準というものが立ちがたい。 自ら問いを持ち、その問いが真摯にして切実なものであるならば、その問いに対する解答の態度が同様なものである書物を好むであろう。まず問いを・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・それは、一ルーブルが一円四銭の割合で交換された。ところが、ある時、深沢は、一ルーブル二十一銭で引きとった多くの紙幣を、国外から国内へ持ちこんで行った。そして、出てくる時、一円四銭で換えてもらって、ほくほくと逃げてきた。いっぱい喰わされたのは・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・竿というものは、節と節とが具合よく順に、いい割合を以て伸びて行ったのがつまり良い竿の一条件です。今手元からずっと現われた竿を見ますと、一目にもわかる実に良いものでしたから、その武士も、思わず竿を握りました。吉は客が竿へ手をかけたのを見ますと・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 台所は割合に広かった。裏の木戸口から物置の方へ通う空地は台所の前にもいくらかの余裕を見せ、冷々とした秋の空気がそこへも通って来ていた。おげんはその台所に居ながらでも朝顔の枯葉の黄ばみ残った隣家の垣根や、一方に続いた二階の屋根などを見る・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・その点に就いても私は山椒魚に対して常に十分の敬意を怠らぬつもりでございます。割合におとなしい動物でありますけれど、あれで、怒ると非常にこわいものだそうで、稲羽の兎も、あるいはこいつにやられたのではなかろうかと私はにらんでいるのでございますが・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫