・・・ラッパの勇しい響きと同時に、到るところで、××君万歳の声が渦をまいて、雨空に割込むように高く挙った。その声は暫く止まなかった。整列、点呼が終った。またしてもラッパだ。出発である。兵隊達は靴音を立て始めた。Sも歩き出した。ふと、Sの視線が私の・・・ 織田作之助 「面会」
・・・下にお客があっても、彼女は僕たちの二階のほうにばかり来ていて、そうして、何も知らんくせに自信たっぷりの顔つきで僕たちの話の中に割り込む。たとえば、こんな事もあった。「でも、基本的人権というのは、……」 と、誰かが言いかけると、「・・・ 太宰治 「眉山」
・・・と重吉が割り込むように弁解したので、自分はまたおかしくなった。「そんなことがひとにわかるもんか」「いえ、まったくです」「とにかく遊ぶのがすでに条件違反だ。お前はとてもお静さんをもらうわけにゆかないよ」「困るなあ」 重吉は・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・そうして並木をぬけ、長く続いた小豆畑の横を通り、亜麻畑と桑畑の間を揺れつつ森の中へ割り込むと、緑色の森は、漸く溜った馬の額の汗に映って逆さまに揺らめいた。 十 馬車の中では、田舎紳士の饒舌が、早くも人々を五年以来・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫