・・・――もっと深入した事は、見たまえ、ほっとした草臥れた態で、真中に三方から取巻いた食卓の上には、茶道具の左右に、真新しい、擂粉木、および杓子となんいう、世の宝貝の中に、最も興がった剽軽ものが揃って乗っていて、これに目鼻のつかないのが可訝いくら・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・とその魚売が笊をひょいと突きつけると、煮染屋の女房が、ずんぐり横肥りに肥った癖に、口の軽い剽軽もので、「買うてやらさい。旦那さん、酒の肴に……はははは、そりゃおいしい、猪の味や。」と大口を開けて笑った。――紳士淑女の方々に高い声では申兼・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・「いや、三右衛門でなくってちょうど可いのだ、あれは剽軽だからな。……源助、実は年上のお前を見掛けて、ちと話があるがな。」 出方が出方で、源助は一倍まじりとする。 先生も少し極って、「もっとこれへ寄らんかい。」 と椅子をか・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・とそれから何か料理を此所へすぐに届けさせてくれよ。お祭が面白くないから、此所で死ぬほど飲むんだ。」「へえ。」と剽軽に返事して、老人はそそくさ着物を着込んで、消えるように居なくなってしまいました。佐吉さんは急に大声出して笑い、「江島の・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・このXを定めるという方法だ」と云って聞かせた。この剽軽な、しかし要を得た説明は子供の頭に眠っている未知の代数学を呼び覚ますには充分であった。それから色々の代数の問題はひとりで楽に解けるようになった。始めて、幾何学のピタゴラスの定理に打つかっ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 測候所で案内してくれた助手のB君は剽軽で元気のいい男であった。「この晴雨計の使い方を知っているかね、一つ測って見給え」などと云った。別れ際に「ぜひ紹介したい人があるから今晩宅へ来てくれ」と云って独りで勝手に約束をきめてしまった。 ・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ 林檎畑の案山子は、樹の頂上からぴょこんと空中へ今正に飛び出した所だと云ったような剽軽な恰好をしている。農婦の派手な色の頬冠りをした恰好がポーランドあたりで見かけたスラヴ女の更紗の頬冠りを想い出させる。それからまた、どこの国でも婆さんは・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・されど若し其の身のある調子とか意気な調子とかいうものは如何なもので御座る、拙者未だ之を食うたことは御座らぬと、剽軽者あって問を起したらんには、よしや富婁那の弁ありて一年三百六十日饒舌り続けに饒舌りしとて此返答は為切れまじ。さる無駄口に暇潰さ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
出典:青空文庫