・・・この国の霊の力強い事は、埃及の軍勢に劣りますまい。どうか古の予言者のように、私もこの霊との戦に、………」 祈祷の言葉はいつのまにか、彼の唇から消えてしまった。今度は突然祭壇のあたりに、けたたましい鶏鳴が聞えたのだった。オルガンティノは不・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・実際同じ会場に懸かっている大小さまざまな画の中で、この一枚に拮抗し得るほど力強い画は、どこにも見出す事が出来なかったのである。「大へんに感心していますね。」 こう云う言と共に肩を叩かれた私は、あたかも何かが心から振い落されたような気・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・マルクスは唯物史観に立脚したと称せられているけれども、もし私の理解が誤っていなかったならば、その唯物史観の背後には、力強い精神的要求が潜んでいたように見える。彼はその宣言の中に人々間の精神交渉を根柢的に打ち崩したものは実にブルジョア文化を醸・・・ 有島武郎 「想片」
・・・思慮分別の意識からそうなるのではなく、自然的な極めて力強い余儀ないような感情に壓せられて勇気の振いおこる余地が無いのである。 宵から降り出した大雨は、夜一夜を降り通した。豪雨だ……そのすさまじき豪雨の音、そうしてあらゆる方面に落ち激つ水・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・これほどに底深く力強い思いの念力、それがどうして省作に伝わらずにいよう。 省作は何事も敏活にはやらぬ男だ。自分の意志を口に現わすにも行動に現わすにも手間のとれる男だ。思う事があったって、すぐにそれを人に言うような男ではない。それゆえおと・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・くまの力強い言葉に、小さな鶏はまったく打たれてしまいました。そして、ついに、うす暗い貨車の中へ飛び上がりました。「汽車の出るまで、あのすみにしゃがんでいなさい。」と、くまはいいました。鶏は、くまのいうままにしました。だれも、鶏の貨車に入・・・ 小川未明 「汽車の中のくまと鶏」
・・・ 即ち、純粋なる良心と、正義感の発生によって、描かれたる、希望の多い、明日の社会や、生活は、我等にとって、力強いユートピアでなくてなんであろう。 我等は、これを信ずるがために、今日の苦しい戦を、戦いつゞけるのだ。 どんなに、小さ・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・ 父親の庄之助は、ステテコ一枚の裸になって、ピアノを弾いていたが、ふと弦から流れる音の力強い澄み切った美しさに気がつくと、急に眼を輝かせた。そして唸るような声が思わず出た。「寿子、今の所もう一度弾いてみろ」「うん」 寿子は、・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・そのとき吉田がその病舎の食堂で、何心なく食事した後ぼんやりと窓に映る風景を眺めていると、いきなりその眼の前へ顔を近付けて、非常に押し殺した力強い声で、「心臓へ来ましたか?」 と耳打ちをした女があった。はっとして吉田がその女の顔を見る・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ この闇の風景は単純な力強い構成を持っている。左手には溪の向こうを夜空を劃って爬虫の背のような尾根が蜿蜒と匍っている。黒ぐろとした杉林がパノラマのように廻って私の行手を深い闇で包んでしまっている。その前景のなかへ、右手からも杉山が傾きか・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
出典:青空文庫