・・・その感化は一生つづく、子どものときから一生涯つづく性格に力強い方向を与える。女性の任務の最大なものは母としてのそれであろうが、母としての務めの中でも、この子どもの精神と霊とを薫陶することが一番高い、重大なものであろう。 しかし子どもの精・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・一つの別離ののち勇ましく立ち上がり、さらに一層博い力強い視野にたって踏み出した者は少なくない。これには広い人生の海があり、はかり知れない運命の地平線があるのであって、決して一概に狭く固く考えるべきではない。多くの秀れた人々の伝記を読むのに一・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・二人は銃を振り上げて近づいて来る奴を殴りつけに行ったが、間もなく四方から集って来た力強い男に腕を掴まれ、銃をもぎ取られてしまった。 吉田は、南京袋のような臭気を持っている若者にねじ伏せられて、息が止まりそうだった。 大きな眼に、すご・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 君が、このごろまた仕事をはじめるようになったというのは、自分にとっても力強い事でした。絶えず、仕事をつづけなければならぬ。けれども、その、モーゼの一篇で君の危機が全部、切り抜けられると思ったら、間違いです。一篇の小説で、勝負をきめよう・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・無声映画ではただわずかに視覚的に暗示されるに過ぎなかった沈黙と静寂とが発声映画によってはじめて力強い実感として表現されるようになったのである。 それと同時にまた一歩進んで適当な雑音の插入がいっそうこの沈黙の強度を強めることもわかって来た・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・脱獄のシーンに現われる二重の高塀の描く単純で力強い並行線のパースペクチヴ。牢屋や留置場の窓の鉄格子、工場の窓の十字格子。終わりに近く映出される丸箱に入った蓄音機の幾何学的整列。こういったようなものが緩急自在な律動で不断に繰り返される。円形の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・連句における天然と人事との複雑に入り乱れたシーンからシーンへの推移の間に、われわれはそれらのシーンの底に流れるある力強い運動を感じる。たとえば「猿蓑」の一巻をとって読んでみても鳶の羽も刷いぬはつしぐれ 一ふき風の木の葉しずま・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・自分の知っている狭い範囲だけでも蕪村、高陽のごとき人の傑作に対する時は、そこに幾多の不細工あるいは不恰好が優れた器用と手際との中に巧みに入り乱れ織り込まれて、ちょうど力強い名匠の音楽の演奏を聞くような感じがするのである。殊に例えば金冬心や石・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・落ちた花は朽ち腐れて一種甘いような強い香気が小庭に満ちる。ここらに多い大きな蠅が勢いのよい羽音を立ててこれに集まっている。力強い自然の旺盛な気が脳を襲うように思われた。この花の散る窓の内には内気な娘がたれこめて読み物や針仕事・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ いつもなら、赤くなって、だまり返って居るお君が、力強い後楯がある様に、「ほんにそうどっせ、 袂糞やて父はんのおくれやはったものやと思えば有難う思うでのみますわ。と云い返した。「そうだろうってさ、 お前の・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫