・・・北京を蔽った黄塵はいよいよ烈しさを加えるのであろう。今は入り日さえ窓の外に全然光と言う感じのしない、濁った朱の色を漂わせている。半三郎の脚はその間も勿論静かにしている訣ではない。細引にぐるぐる括られたまま、目に見えぬペダルを踏むようにやはり・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・と云う条件を加えるのである。――念のためにもう一度繰り返すと、顔は美人と云うほどではない。しかしちょいと鼻の先の上った、愛敬の多い円顔である。 お嬢さんは騒がしい人ごみの中にぼんやり立っていることがある。人ごみを離れたベンチの上に雑誌な・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・ ああ、己はその呪わしい約束のために、汚れた上にも汚れた心の上へ、今また人殺しの罪を加えるのだ。もし今夜に差迫って、この約束を破ったなら――これも、やはり己には堪えられない。一つには誓言の手前もある。そうしてまた一つには、――己は復讐を・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・その不便からだけでも、我々は今我々の思想そのものを統一するとともに、またその名にも整理を加える必要があるのである。 見よ、花袋氏、藤村氏、天渓氏、抱月氏、泡鳴氏、白鳥氏、今は忘られているが風葉氏、青果氏、その他――すべてこれらの人は皆ひ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・人、政治家を志ざしながら少しも政治家らしくなかった人、実業家を希望しながら企業心に乏しく金の欲望に淡泊な人、謙遜なくせに頗る負け嫌いであった人、ドグマが嫌いなくせに頑固に独断に執着した人、更に最う一つ加えると極めて常識に富んだ非常識な人――・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・大井広介氏を加えるのもいい。 文学雑誌もいろいろ出て「人間」など実にいい名だが、「デカダンス」というような名の雑誌が出てもいいと思う。 文学は文学者にとって運命でなければならぬ――と北原武夫氏が言っているのは、いい言葉で、北・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・ 彼が躍起となって鞭撻を加えれば加えるほど、私の心持はただただ萎縮を感じるのだ。彼は業を煮やし始めた。それでもまだ、彼が今度きゅうに、会のすんだ翌朝、郷里へ発たねばならぬという用意さえできなかったら、あるいはお互の間が救われたかもしれない。・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・私は私の意志からでない同様の犯行を何人もの心に加えることに言いようもない憂鬱を感じながら、玄関に私を待っていた友達と一緒になるために急いだ。その夜私は私達がそれからいつも歩いて出ることにしていた銀座へは行かないで一人家へ歩いて帰った。私の予・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・ほどは白痴のことを隠しているようでしたが、何をいうにも隠しうることでないのですから、ついにある夜のこと、私の室に来て教育の話の末に、甥と姪の白痴であることを話しだし、どうにかしてこれにいくぶんの教育を加えることはできないものかと、私に相談を・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・ 内地米と外米の五分五分の混合、あるいは六分四分の混合に平麦を加えるとどうもばらつきようがひどいので糯米を二分ほど加えてみた。 平麦のかわりに丸麦を二度たきとして、ねりつぶしてねばりをつけた。 黄粉をまぶして食ってみた。 数・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
出典:青空文庫