・・・文芸の聖人はただの聖人で、これに技巧を加えるときに、始めて文芸の聖人となるのであります。聖人の理想と申して別段の事もありません。ただいかにして生存すべきかの問題を解釈するまでであります。 発達した理想と、完全な技巧と合した時に、文芸は極・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・もうよほど前からこの男は自己の思索にある節制を加えることを工夫している。神学者にでも言わせようものなら、「生産的静思」なんぞと云うだろう。そう云う態度に自身を置くことが出来るように、この男は修養しているのである。オオビュルナン先生はこんな風・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・真の犯人はナチスであるが、それを口実に共産党への大弾圧を加えるために、計画された陰謀であった。また反ナチ派の勢力の下にあったバイエルン州のミュンヘンでは、この報知をきいても、ナチの悪計とは知らず、エリカ・マンの胡椒小屋は謝肉祭の大陽気で、反・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・新たな社会的な自覚をも与え、人間としての鍛錬をも加えるだろう。しかしそれは、十文字女史のいうように、ただ、働けば人間ができる、式の簡単な手順のものであろうか。人生とは、そのように、働きかける人間の意志や努力にかまいなく、ひとりでに人間ができ・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・そして、一つの声を加えるのである。 石坂洋次郎氏の「麦死なず」を流れる感情も根柢に於ては、ここに血脈をひいている。「麦死なず」に対する批評に向って反駁的、勝者的気分で書かれている同氏の「悪作家より」でその気分は極めて率直と云えば率直、高・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・それほどの辱を人に加えることは、あの外記でなくては出来まい。外記としてはさもあるべきことである。しかし殿様がなぜそれをお聴きいれになったか。外記に傷つけられたのは忍ぶことも出来よう。殿様に棄てられたのは忍ぶことが出来ない。島原で城に乗り入ろ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そしてある機会に起って迫害を加える。ただ口実だけが国により時代によって変る。危険なる洋書もその口実に過ぎないのであった。 * * * マラバア・ヒルの沈黙の塔の上で、鴉のうたげ・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・ 無政府主義と、それといっしょに芽ざした社会主義との排斥をするために、個人主義という漠然たる名をつけて、芸術に迫害を加えるのは、国家のために惜しむべきことである。 学問の自由研究と芸術の自由発展とを妨げる国は栄えるはずがない。・・・ 森鴎外 「文芸の主義」
・・・そねむのは優れた価値を引きおろすことであり、卑しめるのは人格に侮蔑を加えることであって、いずれも道義的には最も排斥さるべきことである。 第四は、強すぎたる大将である。心たけく、機はしり、大略は弁舌も明らかに物をいい、智慧人にすぐれ、短気・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・創作家でなくとも父親は、しばしば子供に折檻を加える。子供のしつけの上で折檻は必要だと考えている人さえある。それは愛の行為であるから、子供の心に憎悪を植えつけるはずのものではない。創作家の場合には、精神的疲労のために、そういう折檻が癇癪の爆発・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫