・・・常子は夫を劬わるように、また夫を励ますようにいろいろのことを話しかけた。「あなた、あなた、どうしてそんなに震えていらっしゃるんです?」「何でもない。何でもないよ。」「だってこんなに汗をかいて、――この夏は内地へ帰りましょうよ。ね・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・と、励ますように尋ねたそうです。と、お敏は眼を伏せて、「ええ、何も――」と答えましたが、すぐにまた哀訴するような眼なざしを恐る恐る泰さんの顔へ挙げて、「やっと正気になりました時には、もう夜が明けて居りましたんです。」と、怨めしそうにつけ加え・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・クララの父親は期待をもった微笑を頬に浮べて、品よくひかえ目にしているこの青年を、もっと大胆に振舞えと、励ますように見えた。パオロは思い入ったようにクララに近づいて来た。そして仏蘭西から輸入されたと思われる精巧な頸飾りを、美しい金象眼のしてあ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 母は気づかって省作を励ますのである。省作は例のごとくただにこりの笑いで答える。やがて八人用意整えて目的地に出かける。おとよさんとおはまの風はたしかに人目にとまるのである。まアきれいな稲刈りだこととほめるものもあれば、いやにつくってるな・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って私を励ますことであります。それで私のなお一つの題の「真面目ならざる宗教家」というのは時間がありませぬからここに述べませぬ。述べませぬ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・と、義兄は私たちを励ますように言った。「それではひとつ予習をしてみるかな。……どうかね、滑稽じゃないかね?……お前も羽織を着て並んでみろ」と、私は少し酒を飲んでいた勢いで、父の羽織や袴をつけて、こう弟に言ったりした。「何で滑稽だなん・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ だから女性の人生における受持は、その天賦の霊性をもって、人生を柔げ、和ませ、清らかにし、また男子を正義と事業とに励ますことであろう。 がその女性の霊性というものは、やはり宗教心まで達しないと本当の光りを放つことは期待できない。霊性・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・と相川は眉を揚げて、自分で自分の銷沈した意気を励ますかのように見えた。煙草好きな彼は更に新しい紙巻を取出して、それを燻して見せて、自分は今それほど忙しくないという意味を示したが、原の方ではそうも酌らなかった。「乙骨君は近頃なかなか壮んな・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・彼を励ますハガキなりとも書いて送って下さい。〔一九三二年八月〕 宮本百合子 「ますます確りやりましょう」
出典:青空文庫