・・・ 先客の三人も今来た一人も、みな土方か立ちんぼうぐらいのごく下等な労働者である。よほど都合のいい日でないと白馬もろくろくは飲めない仲間らしい。けれどもせんの三人は、いくらかよかったと見えて、思い思いに飲っていた。「文公、そうだ君の名・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ 婦人が育児と家庭以外に、金をとる労働をしなければならないというのは、社会の欠陥であって、むしろやむを得ない悲惨事である。婦人を本当に解放するということは、家庭から職業戦線へ解放することではなくて、職業戦線から解放して家庭へ帰らせること・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・私の村には、労働者約五百人から、三十人ぐらいのごく小さいのにいたるまで大小二十余の醤油工場がある。三反か四反歩の、島特有の段々畠を耕作している農民もたくさんある。養鶏をしている者、養豚をしている者、鰯網をやっている者もある。複雑多岐でその生・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・強い南風に吹かれながら、乱石にあたる浪の白泡立つ中へ竿を振って餌を打込むのですから、釣れることは釣れても随分労働的の釣であります。そんな釣はその時分にはなかった、御台場もなかったのである。それからまた今は導流柵なんぞで流して釣る流し釣もあり・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・彼らは、たいてい栄養の不足や、過度の労働や、汚穢なる住居や、有毒なる空気や、激甚なる寒暑や、さては精神過多等の不自然な原因から誘致した病気のために、その天寿の半ばにも達せずして、紛々として死に失せるのである。ひとり病気のみでない。彼らは、餓・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 資本家は不景気の責任を労働者に転嫁して、首切りをやる。それを安全にやるために、われ/\の前衛を牢獄につないで置くのだ、――今になって見ると、お君にはそのことがよく分った。メリヤス工場でもその手をやっていたのだ。今夫が帰って来てくれたら・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・激しく男女の労働する火山の裾の地方に、高瀬は自分と妻とを見出した。 塾では更に校舎の建増を始めた。教員の手が足りなくて、翌年の新学年前には広岡理学士が上田から家を挙げて引移って来た。 子安という新教員も、高瀬が東京へ行った序に頼・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・数週前から慣れた労働もせず、随って賃銀も貰わないのである。そういう男等が偶然この土地へ来たり、また知り人を尋ねて来たのである。それがみんな清い空気と河の広い見晴しとに、不思議に引寄せられているのである。文明の結果で飾られていても、積み上げた・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・「労働」KARL SCHOENHERR 二人共若くて丈夫である。男はカスパル、女はレジイと云う。愛し合っている。 以上、でたらめに本をひらいて、行きあたりばったり、その書き出しの一行だけを、順序不同に並べてみましたが、どうです。・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・左は角筈の工場の幾棟、細い煙筒からはもう労働に取りかかった朝の煙がくろく低く靡いている。晴れた空には林を越して電信柱が頭だけ見える。 男はてくてくと歩いていく。 田畝を越すと、二間幅の石ころ道、柴垣、樫垣、要垣、その絶え間絶え間にガ・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫