・・・私は一応考えた上、彼女の眼が私の動作に連れて動いたのは、ただ私がそう感じた丈けなんだろう、と思って、よく医師が臨終の人にするように彼女の眼の上で私は手を振って見た。 彼女は瞬をした。彼女は見ていたのだ。そして呼吸も可成り整っているのだっ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・反射的動作なぞは其卑近の一例で、斯んな心持ちがする……云々と云う事も亦其働きだ。だから識覚の上にのぼって来る思想だけじゃ、到底人間全体の型は付けられない。じゃ、何うすりゃ好いかと云うに、矢張りそりゃ解らんよ。ただ手探りでやって見るんだ。要す・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・ このように明るく、親も子も同じように、道理には従うというきちんとした習慣で育てられれば、男の子も女の子も、おのずから動作もしっとりとし、正しいことに従う素直さをもち、互に扶け合う気風も出来ます。 躾にも筋がとおる、ということが・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・ 猫の、いやに軟い跫音のない動作と、ニャーと小鼻に皺をよせるように赤い口を開いて鳴きよる様子が、陰性で、ぞっとするのである。 飼うのなら犬が慾しいと思ったのは、もう余程以前からのことだ。結婚後、散歩の道づれに困ることを知ってその心持・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・それと同じように、余所目には痩せて血色の悪い秀麿が、自己の力を知覚していて、脳髄が医者の謂う無動作性萎縮に陥いらねば好いがと憂えている。そして思量の体操をする積りで、哲学の本なんぞを読み耽っているのである。お母あ様程には、秀麿の健康状態に就・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・男のような肥後詞を遣って、動作も活溌である。肌に琥珀色の沢があって、筋肉が締まっている。石田は精悍な奴だと思った。 しかし困る事には、いつも茶の竪縞の単物を着ているが、膝の処には二所ばかりつぎが当っている。それで給仕をする。汗臭い。・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・私は世界の運動を鵜飼と同様だとは思わないが、急流を下り競いながら、獲物を捕る動作を赤赤と照す篝火の円光を眼にすると、その火の中を貫いてなお灼かれず、しなやかに揺れたわみ、張り切りつつ錯綜する綱の動きもまた、世界の運動の法則とどことなく似てい・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・この態度から生れて来る創作というものは、その結果からにちがいはないとしても、創作をするという動作は、たしかに本業ではなくて副業である。創作することが副業であるなら、滅びようと滅びまいと、何かそこには覚悟が自ら生じていくにちがいないのである。・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・すなわち民族全体は、最も小さい子供から最も年長の老人に至るまで、その身ぶり、動作、礼儀などに、自明のこととして明白な差別や品位や優美などを現わしていた。王侯や富者の家族においても、従者や奴隷の家族においても、その点は同じであった。 フロ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・デュウゼにとっては動作は終局でない。真の演技の邪魔となるに過ぎない。彼女にとっては最も大なる瞬間は最も深い静寂の時である。情熱を表現するにはこれを抑制した所を見せる。内心の擾乱をじっと抑えて最後に痛苦を現わす眼のひらめき、えくぼの震えとなる・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫