・・・汽車の時間を勘ちがいして、そんな真夜なかに着いたことといい、客引きの腑に落ちかねる振舞いといい、妙に勝手の違う感じがじりじりと来て、頭のなかが痒ゆくなった。夜の底がじーんと沈んで行くようであった。煙草に火をつけながら、歩いた。けむりにむせて・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・それには丁度先刻しがた眼を覚して例の小草を倒に這降る蟻を視た時、起揚ろうとして仰向に倒けて、伏臥にはならなかったから、勝手が好い。それで此星も、成程な。 やっとこなと起かけてみたが、何分両脚の痛手だから、なかなか起られぬ。到底も無益だと・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・それを勝手に出版屋の方で削除するというのはいささか無法のことでもあり、またそれが世間当然のことだとしても、もっぱらその交渉の任に当っている笹川に、今までにその事が全然分らずにいるというのがおかしい。……彼はいわゆる作家風々主義で、万事がお他・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・喬は屈託した気持で、思いついたまま、勝手を知ったこの家の火の見へ上って行こうと思った。 朽ちかけた梯子をあがろうとして、眼の前の小部屋の障子が開いていた。なかには蒲団が敷いてあり、人の眼がこちらを睨んでいた。知らぬふりであがって行きなが・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 何とでも御勝手になさいまし。私アもう……、私アもう……、私ア家へ帰りますよ。帰って母様にそう言って、この讐を取ってもらいます。綱雄さんと私は奥村さんに見かえられました。私はもうこの間拵えていただいた友禅もあの金簪も、帯も指環も何もいり・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・やかに笑います、鷹見は、「イヤ、あんな男に限って、女にかあいがられるものサ、女の言いなりほうだいになっていて、それでやはり男だから、チョイと突っ張ってみる、いわゆる張りだね、女はそういうふうな男を勝手にしたり、また勝手にされてみたりする・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・私の場合ではそれほどでもない女性に、目くもって勝手に幻影を描いて、それまで磨いてきた哲学的知性もどこへやら、一人相撲をとって、独り大負傷をしたようなものだ。これは知性上から見て恥である。 飢えと焦り 青年はあまり・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・たいてい、どこにでも主人が勝手にそんなことをきめているのだった。与助は、最初から、そういうことは聞いたこともなかった。 彼は、いつまでも困惑しきった顔をして杜氏の前に立っていた。「どうも気の毒じゃが仕様があるまい。」と杜氏は与助を追・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・銘々勝手な事を読んで行って勝手な質問をする、それが唯一の勉強法なのでしたが、中には何を読んで好いか分らないという向がある。すると、正直に先生に其の旨をいって御尋ねする、それなら何を読んだら宜敷かろうと、学力相応に書物を指定して下さるといった・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・お君の夫がこの工場から抜かれて行ってから、工場主は恐いものがいなくなったので、勝手なことを職工達に押しつけようとしていた。首切り、それはもはやお君一人のことではなかった。――お君は面会に行った帰りに、皆の集まっている所へ行って、夫に会って来・・・ 小林多喜二 「父帰る」
出典:青空文庫