・・・ないが習いの土地なれば小春はお染の母を学んで風呂のあがり場から早くも聞き伝えた緊急動議あなたはやと千古不変万世不朽の胸づくし鐘にござる数々の怨みを特に前髪に命じて俊雄の両の膝へ敲きつけお前は野々宮のと勝手馴れぬ俊雄の狼狽えるを、知らぬ知らぬ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・今だに古い駅路のなごりを見せているような坂の上のほうからは、片側に続く家々の前に添うて、細い水の流れが走って来ている。勝手を知った私はある抜け道を取って、ちょうどその村の裏側へ出た。太郎は私のすぐあとから、すこしおくれて姪や末子もついて来た・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そのため、東京市中や市外の要所々々にも歩哨が立ち、暴徒しゅう来等の流言にびくびくしていた人たちもすっかり安神しましたし、混雑につけ入って色んな勝手なことをしがちな、市中一たいのちつじょもついて来ました。出動部隊は近衛師団、第一師団のほか、地・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・あたらしく力を得て、とにかくこれを完成させぬうちは、東京へ帰るまい、と御坂の木枯つよい日に、勝手にひとりで約束した。 ばかな約束をしたものである。九月、十月、十一月、御坂の寒気堪えがたくなった。あのころは、心細い夜がつづいた。どうしよう・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・先方がそれに応ずると否とは、勝手である。竜騎兵中尉はこの返事をして間もなく、「そんなら」と云って、別れそうにした。「どこへ行く。」「内へ帰る。書きものがある。」「書きもの。」旆騎兵中尉は、「気が違ったかい」と附け加えたかったのを・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・どうとも勝手にするがいい。 故郷を離れて死ぬるのはせつない。涙が翻れて、もうあとは書けない。さらばよ。我がロシア。附言。本文中二箇所の字句を改刪してある。これは諷刺の意を誤解せられては差支えるので、故意に原文に従わなかったの・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・神経のいらいらした者が、彼のような仕事をして、そしてそれが成効に近づいたとすればかなり興奮するにちがいない。勝手に仕事を途中で中止してのんきに安眠するという事は存外六ケしい事であるに相違ない。しかし彼は適当な時にさっさと切り上げて床につく、・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・女が肩肌抜ぎで化粧をしている様やら、狭い勝手口の溝板の上で行水を使っているさままでを、すっかり見下してしまう事がある。尤も日本の女が外から見える処で行水をつかうのは、『阿菊さん』の著者を驚喜せしめた大事件であるが、これはわざわざ天下堂の屋根・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・始めのうちは聞き返したり問い返したりして見たがしまいには面倒になったから御前は御前で勝手に口上を述べなさい、わしはわしで自由に見物するからという態度をとった。婆さんは人が聞こうが聞くまいが口上だけは必ず述べますという風で別段厭きた景色もなく・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・なぜといつて私の所有にかかはるところの油画は、それが他人の描いたものであるにかかはらず、私自身の好みによつて、勝手に自由にその額縁を選定し、よつて以て私自身の解釈による芸術を眺めることができるからだ。 思へ一つの同じ音楽、同じ叙情詩、同・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
出典:青空文庫