・・・この少年は数学は勿論、その他の学力も全校生徒中、第二流以下であるが、画の天才に至っては全く並ぶものがないので、僅に塁を摩そうかとも言われる者は自分一人、その他は、悉く志村の天才を崇め奉っているばかりであった。ところが自分は志村を崇拝しない、・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・予言者には宇宙の真理とひとつになったという宗教的霊覚がなければならぬのは勿論であるが、さらに特に己れの生きている時代相への痛切な関心と、鋭邁な批判と、燃ゆるが如き本能的な熱愛とをもっていなければならない。普通妥当の真理への忠実公正というだけ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・彼等の思想や、立場には勿論同感しないが、彼等のペンをとる態度は、僕は、どこまでも、手本として学びたいと心がけている。 愛読した本と、作家は、まだほかに多々あるが紙数の都合でこれだけとする。・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・或る一人が他の一人を窘めようと思って、非常に字引を調べて――勿論平常から字引をよく調べる男でしたが、文字の成立まで調べて置いて、そして敵が講じ了るのを待ち兼ねて、難問の箭を放ちました。何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・が、蒸しッ返えしの長い長い二十九日を、案外のん気に過ごさしてくれたようである。勿論その間に、俺は二三度調べに出て、竹刀で殴ぐられたり、靴のまゝで蹴られたり、締めこみをされたりして、三日も横になったきりでいたこともある。別の監房にいる俺たちの・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・汽車賃や何かで、姉から貰った五十円も、そろそろ減って居りますし、友人達には勿論持合せのある筈は無し、私がそれを承知で、おでんやからそのまま引張り出して来たのだし、そうして友人達は私を十分に信用している様子なのだから、いきおい私も自信ある態度・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ これは少し冤罪であった。勿論この銀行員の風采は、伯爵中尉と比べることは出来ない。しかし世間並から言えば、かなりの男振りで、立派に通用するのである。 ポルジイは暇を遣るとき握手して遣ることは出来なかった。それは自分の手が両方共塞がっ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・という言葉の意味の使い分けである事は勿論である。 アインシュタインの仕事の偉大なものであり、彼の頭脳が飛び離れてえらいという事は早くから一部の学者の間には認められていた。しかし一般世間に持て囃されるようになったのは昨今の事である。遠い恒・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・こんな成績の好いのは軍隊でも珍らしいというでね…… それだから秋山大尉を捜すについちゃ、忰も勿論呼出されて、人選に加わったと云う訳なんで…… それで三十人の兵士は一度に河へ飛び込んだ。けど何しろ時間が経っている。それに河巾も広い、深・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・「――勿論、貴公らがだナ、ボルだのアナだのと、理想をいうのはけっこうですよ。しかし、しかし――まぁ、わしのいうことをきくがええ、しかしだナ、熊本あたりの労働者というもんは、そんな七むずかしいことはわからんたい。ああ、普選運動がやっと……・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫